本研究課題の主目的は、送粉者と生育環境からの複合自然選択によって被子植物の生態的種分化が促進されるという新アイデアの理論的妥当性を、数理モデルを用いて検討することである。本年度は、昨年度までの成果を投稿論文にまとめて投稿した。その結果、数理モデルの仮定に関する疑問が査読者から示されて却下された。しかし、基本となるアイデアの新規性と重要性は高く評価されたため、再投稿をしても良いとの判断を得た。査読者が指摘したモデルの欠点の一つは、植物個体間の同類交配が、本研究が主張するように送粉者の好みによって生じているのか、それとも送粉者の生息地間移動の制限によって生じているのかが、判断できないモデルとなっているというものであった。この点を改良した数理モデルを解析したところ、基本となるアイデアの正しさが確認できた。また、送粉者の好みの発現が植物個体の頻度に依存する場合を追加的に解析したところ、この頻度依存性が結果に重要な影響を及ぼすことが判明した。そのため、現在は、この点に関して、より詳細な解析を行っている最中である。
また、本研究課題では、送粉共生系の適応放散についての理論条件を解明することも目的の一つとして掲げている。本年度は、一般的な適応放散が起きるうえでの祖先系統の雑種形成が果たす役割を理論的に調べ、その成果を公表した。特に、雑種形成が適応放散を促進するのは、祖先系統間の遺伝的分化が中程度のときであることを明らかにした点が、本研究の大きな成果である。また、新環境への侵入に際して新規形質の進化が必要な適応放散が起きるには、雑種形成によって創り出される遺伝的多様性の増大が必要不可欠となる場合があることも分かった。これらのことから、雑種形成が過去の適応放散において重要な役割を果たした可能性を指摘し、また人間活動が引き起こす雑種形成が将来の生物多様性に与える影響についても議論した。
|