コムギの種子貯蔵タンパク質は多重遺伝子にコードされ、類似した分子種が多く複雑である。特にα-グリアジンは遺伝子のコピー数が多く、パンコムギChinese Spring (CS)においては、少なくとも90コピーがゲノム中にコードされている。グリアジンは、小麦粉の加工適性に関連する一方、一部はアレルギーやセリアック病の原因となる。CS の染色体異数体系統を用いてグリアジンタンパク質を比較したところ、6D染色体にコードされセリアック病のエピトープをもつグリアジンを選択的に抑制する効果が2A染色体にあることが示唆された。この因子を同定し、抑制されるグリアジンを調査することで、ゲノム間の遺伝子調節機構を明らかにすることを目的とした。まず、2A染色体を正常の2倍もつテトラソミック系統の種子において6D染色体に由来するグリアジンの蓄積が減少していたことから、定量RT-PCRにより種子登熟期の遺伝子発現量を調べた。その結果、6D染色体に由来するグリアジンの遺伝子発現が特異的に抑制されていることが示された。次に、同様にグリアジンの蓄積が抑制されていた2D染色体置換系統とCSを交配し、F2分離集団を作製した。また、登熟期の種子を用いてRNA-Seqを行った。CSと多型の見られるSSRマーカーおよびRNA-Seqから作出したSNPマーカーを用い、分離集団でグリアジンの抑制との連鎖解析を試みたが、連鎖のあるマーカーは得られなかった。さらにゲノムDNAを用いて解析したところ、2A染色体テトラソミック系統および2D染色体置換系統において、どちらも6D染色体に構造変異があり、グリアジン遺伝子座が欠失していることが明らかになった。これらから、ゲノム間の調節機構は示されなかったが、これらの系統ではセリアック病のエピトープをもつグリアジンが減少していることから、低アレルゲン小麦へ応用できることが示された。
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