研究課題/領域番号 |
15K07350
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研究機関 | 埼玉大学 |
研究代表者 |
朝井 計 埼玉大学, 理工学研究科, 准教授 (70283934)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 細胞死 / 溶菌 |
研究実績の概要 |
細菌の定常期の、対数増殖とは異なる細胞増殖と細胞死に関して、大腸菌等のグラム陰性菌を中心に分子機構がわかってきている。一方、グラム陽性菌枯草菌で、SigIシグマ因子の破壊株が定常期増殖を維持できず細胞死すること、植物親油性香気成分が定常期の枯草菌細胞特異的に細胞死を誘発することから、グラム陽性菌にも増殖と細胞死を制御する大腸菌と異なる分子機構が存在することを新たに見出した。そこで本研究では、これらの現象の解析による、グラム陽性細菌の定常期の生理状態を制御する分子機構の解明を目的とした。また新たな抗細菌剤の開発を意図して、定常期の細菌細胞を標的にした溶菌(細胞死)誘発物質の有効性を検討しその探索を目的とした。 目的1)定常期にSigIシグマ因子によって転写が制御される遺伝子(レギュロン)の候補をゲノム生物学の手法により網羅的に解明した。候補遺伝子がSigIレギュロンであることを確認するために、SigIが結合しているゲノムDNA領域を網羅的に探索する解析手法を用いることとした。SigIとレギュロン遺伝子の制御DNA領域を結合させ、精製するための株(SigIタンパク質のC末端にNi親和精製できるヒスチジンタグを付加)を作製した。 目的2)溶菌(細胞死)を誘発する植物由来親油性香気成分を解析することとした。溶菌誘導活性の作用機序の解析を行った。植物由来親油性香気成分を添加した際の、枯草菌細胞への影響を顕微鏡観察した。細胞の生死を判定できる蛍光プローブを用いて、香気成分の添加によって細胞死が誘発されていることを観察した。香気成分に感受性となる変異株を探索し、解析した結果、細胞壁合成を阻害している可能性を示唆した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は当初以下の2つの実験過程に分けて進める予定とした。1)主にSigIシグマ因子によって制御される定常期の増殖維持機構の解析。2)主に阻害剤を探索し、用いることでによる定常期の細胞死誘発機構の解析。 1)に関しては、定常期の増殖維持機構のSigIによる制御ネットワーク解明を目指し、SigI制御遺伝子の同定を試みた。網羅的に制御遺伝子を確認・同定するには至っていないが、その解析に用いるための細胞株を構築し、検討中である。構築された細胞株のうち以降の解析に有効な株は得られていると考えている。従って、網羅的解析に移行する準備は整っていると判断した。 2)に関しては、定常期の細菌細胞の細胞死を誘発する天然成分をいくつか見出し、解析を始めた。市販の蛍光プローブを用いて、細胞への影響を観察し、細胞死を誘発していることが確認されている。それ以外の種々の蛍光プローブでの解析は、蛍光プローブの性質や用いている顕微鏡の性能・感度などの問題で、良好な結果は得られていない。一方、天然成分の細胞死誘発という効果に、感受性となる細菌株を同定し、解析した結果、天然成分は細胞壁合成を阻害している可能性を新たに見出した。 以上のように当初予定した計画の準備段階のものもあれば、一方で当初想定していなかった結果も得られているので、区分は(2)とした。
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今後の研究の推進方策 |
1)SigIシグマ因子によって制御される定常期の増殖維持機構の解析。 SigIと制御遺伝子のゲノムDNA断片の架橋剤による複合体を精製する。このSigIと結合しているDNA配列をタイリングアレイや次世代シーケンサーを用いて解析する。SigIシグマ因子制御系では、細胞表層に局在する膜タンパク質によってSigIの転写因子としての機能が制御されている。このことから、環境の変化や細胞表層の状態を、制御膜タンパク質が感知することで転写因子の機能が調節されていると考えられる。SigIレギュロンの機能から推定される、定常期に起こりうる細胞外ストレス(酸化ストレス、細胞壁傷害、DNA傷害等)を与え、SigIの活性をモニターしSigIの機能を制御するシグナル因子を同定する。蛍光レポーターを用いてSigIの活性を生細胞中で観察し、その機能を解析する。 2)阻害剤を探索し、用いることでによる定常期の細胞死誘発機構の解析 既に見出した香気成分に感受性となる株から、植物由来親油性香気成分を添加しても、溶菌しないような、あるいは溶菌が緩和されるような、サプレッサー変異株の取得を試みる。サプレッサー変異株から染色体DNAを抽出し、次世代シーケンサーを用いて全ゲノム配列を決定し、参照株と比較して、塩基変異の部位を同定する。塩基変化は複数同定されることが予想されるので、実際にどの塩基変化がサプレス現象に関与しているかを決定しなければならない。枯草菌の全遺伝子破壊株ライブラリーを利用して、サプレッサー原因遺伝子の絞り込みを行う。溶菌誘発現象とサプレッサー原因遺伝子の機能の関係を解析し、定常期において細胞死誘発のおこる分子機構を明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
作製したシグマ因子最少株及びその誘導株を用いて、細胞溶菌を抑圧したサプレッサー株の取得を慎重に行ったため、その後の変異部位同定のための全ゲノムリシーケンス作業に入るのが遅れたため。全ゲノムシーケンス作業は資金と労力を要する作業であるので、慎重に行った。定常期の溶菌を制御していると考えているSigIシグマ因子の、定常期における発現をモニターするために、GFP由来の各種蛍光たんぱく質を用いた系の構築を試みたとこと、発現量が高いことが原因と考えられる細胞毒性がおき、構築が出来なかった。 植物由来親油性香気成分の細胞死(溶菌)誘発活性の作用機序の解析において、植物由来親油性香気成分の抽出・精製に時間を要した。細菌細胞の内外で起こっている現象、膜電位の変化や細胞内の酸化状態などを種々の蛍光プローブを用いて、顕微鏡下での観察を試みたが、十分なシグナルが得られなかった。
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次年度使用額の使用計画 |
細胞溶菌を抑圧したサプレッサー株の変異部位同定のための全ゲノムリシーケンス作業を行う。そのためのDNA抽出キットやリシーケンスに必要な試薬・消耗品費に使用する。定常期の溶菌を制御していると考えているSigIシグマ因子の、定常期における発現をモニターするためのGFP由来の各種蛍光たんぱく質を用いた系の構築を再度試みるために、株の構築に必要な合成オリゴDNAやクローニングに必要なキット・試薬を購入する。 植物由来親油性香気成分の細胞死(溶菌)誘発活性の作用機序の解析において、植物由来親油性香気成分として、できる限り市販しているものや他の研究者が所有しているもの、使用できるものを探索する。その際に購入資金とする。遺伝学的な作用機序の解析を行うための変異株作製のための試薬などの購入に使用する。 その他、実験の効率化のためのキット購入や解析の外注、研究員を利用するための謝金等に利用する予定である。
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