研究課題/領域番号 |
15K07518
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研究機関 | 神戸女子大学 |
研究代表者 |
山根 千弘 神戸女子大学, 家政学部, 教授 (70368489)
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研究分担者 |
湯口 宜明 大阪電気通信大学, 工学部, 准教授 (00358300)
上田 一義 横浜国立大学, 大学院工学研究院, 教授 (40223458)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 再生セルロース / ガラス転移 / フィブリル化 / 分子動力学 / 高輝度放射光 |
研究実績の概要 |
当初の研究課題は近い将来予想される莫大なコットン不足を再生セルロースで埋めるため,再生セルロースの基本構造である「親水性分子シートの構造的評価」を行い,再生セルロースの「親・疎水性の制御」を行うことであった。一方で当初の検討課題には載せていなかったが,「湿摩擦によるフィブリル化の抑制」が,最終目的を達成するのに必要なことがH28年度に判明した。親水性分子シートの構造的評価はH28年度までにほぼ終えたので,H29年度は親・疎水性の制御と湿摩擦によるフィブリル化の抑制について検討を行った。 親・疎水性の制御:親水性分子シートの表面には水酸基密度が極めて高いため,その表面特性を理解することが,親・疎水性を制御するためには極めて重要である。まず親水性の(1-10)結晶面をセルロースⅡ形結晶から切り出し,その上に水分子を配置し,セルロース表面と水との界面エネルギーを分子動力学法で計算した。この界面エネルギーは極めて低く,セルロース表面と水との親和性が高いことが確認できた。また,表面近傍に存在する水はバルクに比べて,密度は低く,エネルギーは高かった。これはセルロース表面により水が活性化されていることを示唆している。 湿摩擦によるフィブリル化の抑制:昨年度の研究により,再生セルロース繊維の水分率が40-50%の時に,小角領域の半径方向(糸長方向ではない)に極大ピークが出現することを明らかにした。これはミクロフィブリル間に溶媒が浸入し,その密度を下げるために,ミクロフィブリル周期が長周期として現れたといえる。再生セルロースの水分率を変化させて,動的粘弾性を測定すると,水分率40-50%の時にtanδのピークが出現した。これはこの水分率のときガラス転移が起こることを示している。すなわち,長周期構造の出現はセルロース主鎖の分子運動に関連し,さらにそれがフィブリル化につながるものと推測される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の研究課題は「親水性分子シートの構造的評価」と「再生セルロースの親・疎水性の制御」の二つを挙げており,このうち親水性分子シートの構造的評価はおおむね完了することができた。再生セルロースの親・疎水性の制御については,昨年度の計画にある,「コンピュータ上に再生セルロースの親水性結晶面である(1-10)結晶面を置き,その上に水分子を配置することにより,セルロースと水の界面エネルギーとセルロース結晶面近傍の水の密度を見積もるものである」という,具体的な検討項目を実施し再生セルロースに特徴的な界面の状態を明らかにすることができた。この際に水だけではなく,極性の低い有機溶媒と再生セルロースの界面の状態を比較として知る必要があるが,例えば炭化水素の代表例としてオクタンを水の代わりに配置すると,オクタンが不均一に配置されてしまい,thermostatやbarostatの見直しやパラメータの再設定の必要性が生じてきた。この点やや積み残しがある。H28年度に判明した新たな課題「湿摩擦によるフィブリル化の抑制」については,新たな発見があった。すなわち,再生セルロースのガラス転移水分率の発見である。再生セルロースの種類によりややその値は異なるが,水分率40-50%が室温でのガラス転移水分率である。相対湿度100%でも水分率は40%を超えることはなく,ほんの少しでも水が加わるとセルロース分子はゴム状態となってしまい,洗濯時のしわ,縮みの原因となり,湿潤時のフィブリル化につながってゆくと推定される。しかし,逆にガラス転移という分子に固有の特性が,これらの欠点を引き起こすとなると,その解決には,例えばポリエステルのガラス転移温度を上昇させるくらいの,相当高いハードルが待ち受けていることが明らかになった。これも,満点ではなく,おおむね順調に進展していると自己評価した理由である。
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今後の研究の推進方策 |
当初の課題の一つ「再生セルロースの親・疎水性の制御」と新たな課題「湿潤時のフィブリル化防止」を進める。 「再生セルロースの親・疎水性の制御」については,計算条件がやや不適切な感があるので,thermostatやbarostatの見直しやパラメータの再設定を行う。H29年度は水に絞ってセルロースとの界面近傍の状態(界面エネルギー,界面近傍の水の密度,エネルギー)を検討したが,それを更に非水系の溶媒,非極性溶媒などに広げて実施したい。場合によっては溶媒だけではなく合成高分子群との界面も検討する。近年セルロースナノファイバーが注目を浴びているが,その大きな出口として繊維補強樹脂がある。ここで大きな課題となるのが,セルロースと合成高分子との接着性であり,界面エネルギーの算出は極めて重要であろう。本研究課題で見出した方法論を新たな研究領域へも展開してゆきたい。 「湿潤時のフィブリル化防止」については,本研究課題で見出した発見「再生セルロースのガラス転移水分率」の概念を発展させてゆきたい。例えば,綿や麻などの天然セルロースにもガラス転移水分率はあるのか,水だけではなく他の液体媒体でもガラス転移現象は観察されるのか,などを動的粘弾性装置で解明してゆく。DSCでもこの現象は観察されるはずであるが,セルロースで今まで報告された例はない。これはたぶんガラス転移に関連したエネルギー変化が極めて小さいためと推測される。これは例えば再生セルロースの,水が誘起するガラス転移にともなう弾性率変化(貯蔵弾性率)はわずか2-3倍に過ぎないことから予想できる。一般的な熱可塑性高分子の変化(10倍から100倍)に比べて極めて小さいものである。最近は極めて感度の高いDSCが存在するのでこれを使って,系統的に検討してゆきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
H27年度の計画では,媒体中の分子シートの再配列や安定性を計算するということで,科学計算用のコンピュータを3台購入する予定であったが,その購入を行わなかったため,H28年度以降,次年度使用額が発生している。これは研究分担者,上田一義教授(横国;専門,計算機化学)の保有するコンピュータに余裕ができたため,そのコンピュータを使用できたためである。ちなみに神戸女子大学から横浜国立大のコンピュータをリモートで操作することが可能で,神戸女子大に居ながら横浜国大のコンピュータが使用可能である。その結果,分子動力学法(MD法)により,水とセルロースの界面エネルギーとセルロース表面近傍の水の密度を見積ることができた。 一方で申請当初にはなかった新たな課題「湿潤時のフィブリル化防止」にも取り組まなくてはならない。具体的には再生セルロースの液体媒体によるガラス転移について、動的粘弾性装置で解明してゆくが、その付帯設備などを購入しなければならない。またDSCでもこの現象は観察されるはずであるが,ガラス転移に関連したエネルギー変化が極めて小さいため、極めて感度の高いDSCを使用しなければならない。そのための費用も発生する。くわえてMD計算では,セルロース結晶面と水の界面の界面エネルギーの計算やセルロース結晶面近傍の水の密度を計算するために,現有ソフトウェアーの更新や新規ソフトウェアーの購入が必要となろう。
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