研究課題/領域番号 |
15K07518
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研究機関 | 神戸女子大学 |
研究代表者 |
山根 千弘 神戸女子大学, 家政学部, 教授 (70368489)
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研究分担者 |
湯口 宜明 大阪電気通信大学, 工学部, 教授 (00358300)
上田 一義 横浜国立大学, 大学院工学研究院, 教授 (40223458)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 再生セルロース / ガラス転移 / 水 / 有機溶媒 |
研究実績の概要 |
当初の研究課題は、近い将来予想される莫大なコットン不足を再生セルロースで埋めるため,再生セルロースの基本構造である「親水性分子シートの構造的評価」を行い,再生セルロースの「親・疎水性の制御」を行うことである。このうち「親水性分子シートの構造的評価」はほぼ終わり、現在は「親・疎水性の制御」について検討を行っているところである。昨年度の検討により、常温で水分率を変化させて再生セルロース繊維のtanδ(貯蔵弾性率と損失弾性率の比)を測定すると、水分率50-80%の時tanδのピークが出現することを見出した。本年度は以下の事実を見出し、このピークがセルロース分子主鎖のミクロブラウン運動に基づくことと結論付けた。 (1)再生セルロースは乾燥状態では250℃付近にガラス転移に基づくtanδのピークが観察される。様々な再生セルロースの熱によるtanδのピーク温度と高さの関係が、水によるものと完全に一致した。 (2)水によるtanδのピーク近傍の貯蔵弾性率(Er)の低下幅が、熱によるガラス転移によるものとほぼ一致するとともに、再生セルロース種による傾向(低下幅)も水によるものと熱によるものとで一致した。 このように、再生セルロースは水中ではゴム状態となっており、家庭での洗濯は、ゴム状態の再生セルロースを激しく揉みほぐし、その状態で乾燥させガラス状態に戻す操作といえる。再生セルロースからなる布は、水洗いは不可で、基本的にドライクリーニングしなければならない。以上のような家庭洗濯のメカニズムを考えると、再生セルロース製の布が洗濯により著しいしわになるのは当然である。本研究課題の最終目的はコットンのように水洗いできる再生セルロースなので、ガラス転移を抑制するという分子の持つ本質的性質を制御しなければならない、ハードルの高い課題であることが改めて明確化された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の研究課題は「親水性分子シートの構造的評価」と「親・疎水性の制御」の二つを挙げており,このうち親水性分子シートの構造的評価はおおむね完了することができた。「親・疎水性の制御」については,これまで、セルロースと水を含む溶媒分子との界面エネルギーを見積もり、親・疎水性制御の科学的基盤を構築してきた。加えて、再生セルロースの溶媒による長周期構造の発現を見出し、本研究課題の達成の新たな課題を見出した。一方、昨年度再生セルロース繊維の動的粘弾性の水分率依存性を検討してゆく過程で、特定水分率においてtanδの極大が発現することを見出した。加えてこの極大がいわゆるガラス転移に起因することを科学的に証明した。そして、長周期構造の発現もこの転移に関連していることを提案した。ここで、再生セルロースの問題点を再確認するが、水に極めて悪影響を受け易いということである。すなわち今までの検討により、本研究課題の最終的な目的である、コットンギャップを埋める再生セルロースの創るのに最も重要なこと(開発のターゲット)は、水による分子運動を抑制すること、と絞り込むことができた。これらの成果は、2019年10月の多糖国際会議(EPNOE (European Polysaccharide Network of Excellence) International Conference, (Portugal))でplenary lectureとして公表される。とはいえ,ガラス転移という分子に固有の特性を制御しなければならないとなると,その解決には,たとえなポリエステルのガラス転移温度を低下させるくらいの,相当高いハードルが待ち受けていることが明らかになった。これも,満点ではなく,おおむね順調に進展していると自己評価した理由である。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題の達成の最重要項目が再生セルロースの水による分子運動の制御ということが判ったので、これに絞って本年度は検討を進める。水では特定水分率においてtanδの極大が生じいわゆるガラス転移水分率が観察され、加えて予備的検討ではあるが、極性溶媒でもガラス転移は起きた。しかし、ガラス転移含有率の決定に課題があり(揮発しやすいため)、再現実験の他、新たな実験方法も模索する。その後、極性溶媒や非極性溶媒などを、その誘電率や分子量などを系統的に変化させて定量的に検討する。ここで再生セルロースはドライクリーニングではシワや縮もなく洗濯できる。アルカンが主成分の石油系ドライクリーニング溶剤を含めて、アルカンについても系統的に検討を重ねる。シワや縮がガラス転移にともなう主鎖のミクロブラウン運動が原因ならば、ドライクリーニング溶剤やそれを構成するアルカンでは、ガラス転移は観察されないはずである。ガラス転移により熱の出入りがあるので、DSCでもこの現象は観察されるはずであるが,セルロースで報告された例はない。これはたぶんガラス転移に関連したエネルギー変化が極めて小さいためと推測される。これは例えば再生セルロースの,水が誘起するガラス転移にともなう弾性率変化(貯蔵弾性率)が一般的な熱可塑性高分子の変化に比べて極めて小さいことからも予想できる。最近は極めて感度の高いDSCが存在するのでこれを使って,系統的に検討してゆく。水分率を変化させての動的粘弾性の測定は技術を要し、水分率の精度的にも課題があるので、DSC法を確立してより詳細な検討を行う。最後に綿や麻などの天然セルロースにも水によるガラス転移はあるのか確認したい。これらは家庭での洗濯は可能であるが、やはり相当なしわや収縮が確認できるので、ある程度の転移現象はあるかもしれない。どの程度の転移ならば許容できるのか、その科学的な境界も見出したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
H27年度の計画において,様々な媒体中に分子シートを置き,その再配列や安定性を計算するために,科学計算用のコンピュータを3台購入する予定であったが,その購入を行わなかったため,それ以降の年度において,順次、次年度使用額が発生した。コンピュータの購入(3台分)が不要になったのは、分担研究者,上田一義教授(横浜国立大学;専門,計算機化学)の保有するコンピュータに余裕ができたため,そのコンピュータを使用できたためである。ちなみに神戸女子大学から横浜国立大学のコンピュータをリモートで操作することが可能で,神戸女子大に居ながら横浜国大のコンピュータが使用可能であった。 次年度使用額は、本研究課題の最重要課題となった、再生セルロース繊維におけるガラス転移に及ぼす各種溶媒の検討に振り分ける。具体的には、溶媒を付着させてガラス転移を測定するので、動的粘弾性測定装置の改良費用、それに関して光学式の水分計の購入、様々なキャピラリーなどの付帯設備や器具など、および溶媒存在下でDSCを測定するための付帯設備や付帯器具などである。また再生セルロース繊維の水によるガラス転移などについて2019年10月の多糖国際会議(ポルトガル)でplenary lectureとして報告しなくてはならなくなったので、その出張費用などに使用する。そして成果の一部を論文として投稿するので、投稿費用などにも使用する予定である。
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