昨年度までに実施した塩分耐性を持つミクロシスティスのゲノム解析、化学分析、フィールド調査、遺伝子発現解析のデータに基づき、本来淡水でしか生息できないミクロシスティスが、近年の汽水の富栄養化という水環境の悪化に適応し、塩分耐性遺伝子(浸透圧調整物質として知られるスクロースを合成する遺伝子)を遺伝子水平伝播によって獲得することにより、汽水という新たな環境へ進出した、という仮説についての論文を発表し、プレスリリースを行った。 夏・秋季に網走湖に赴いてアオコの採集を行い、ミクロシスティスを複数株単離することにより、新規の塩分耐性株1株(18AbL-65)の取得に成功した。この新規塩分耐性株について全ゲノム解析及び遺伝子発現解析を行った結果から、本株がこれまでに解析した同種の塩分耐性株と同様に、スクロースの合成により塩分耐性を示すことを明らかにした。網走湖から分離した塩分感受性株2株についても全ゲノム解析を行い、これらの株には実際にスクロース等の浸透圧調整物質の合成遺伝子が存在しないことを明らかにした。 昨年度にゲノム解析を行ったミクロシスティスのNIES-1211株については、塩分耐性を持つと同時に、通常のミクロシスティスにはない赤色の光合成色素フィコエリスリンを合成するというユニークな形質を持つことがわかった。本種におけるフィコエリスリンの進化プロセスを明らかにするため、フィコエリスリンを含む株5株について全ゲノム解析を行った。その結果から、ミクロシスティスの系統進化史におけるフィコエリスリンの獲得プロセスを明らかにした。 本課題のまとめとして、1)アオコの単離、2)培養とゲノム抽出、3)次世代シークエンサーによる全ゲノム解析、4)生態系適応と毒性に関与する遺伝子の同定、という一連の解析を短期間で遂行可能な「エコトキシコ・ゲノミクス」のスキームを確立することができた。
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