本研究の課題は、農業問題の諸側面のうちの低所得問題を対象に、諸説の検討を通じてその発生機構を解明することである。平成29年度には農業問題の発生機構の全体構造を整理した。 近代経済学の農業問題論としては、日本では速水佑次郎の見解(1986年)が有名である。そこでは、経済発展の低所得段階と高所得段階に需要面(農産物需要の所得弾力性、人口増加率)と供給面(農業の技術革新、投入財価格)から接近し、それぞれ食料問題、農業問題として位置付けた。この速水理論は、シュルツ農業問題論をベースにしているが、所得の発展段階による単純化と、比較劣位化を要因に加えた点で異なっている。また、シュルツが生産要素市場独自の不均衡を軽視したことに対する大川一司の批判を無視した点にも特徴がある。 そのほか速水理論で見逃せないのは、シュルツ以後のアメリカ農業経済学が提示した農業問題論を考慮していない点である。特にハザウェイ(1963年)、トゥイーテン(1970年)の指摘した生産要素の固定性説、費用逓減説、不完全競争説について吟味しなかったことは、日本の農業問題論の発展にとってマイナスであった。速水理論が農業労働の移動の困難にのみ言及しているのに対し、ハザウェイやトゥイーテンは、農地及び農業資本の農外での再利用価格の低位性や、上層農の規模拡大に伴う高地代が中下層農の所得を圧迫する点を指摘していた。 速水理論では、シュルツが考慮していた経済不況の影響についても、理論の単純化のために切り捨てたが、それも農業問題論の視野を狭くしてしまった。マルクス経済学が重視した経済不況との関連が無視されたことで、1930年代の世界恐慌を契機に先進国の農産物価格支持政策が導入されたことの説明が欠落する結果となったからである。また、大川以降の日本農業経済学が着目した過剰就業論と農業問題論との関係が不透明なままに残されたのも問題であった。
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