犬の肥満細胞腫は皮膚に発生する悪性腫瘍の中で最も一般的なものであり、とくに高グレードでは明瞭な予後因子の特定が難しいこと、さらには治療への反応性も乏しい難治性疾患とされている。 これに対し我々は、同腫瘍の家族性発症が疑われるフレンチブルドッグの症例群(F群)に遭遇し、これらと遺伝学的に関連のない肥満細胞腫罹患犬コントロール群(C群)と比較したDNAマイクロアレイ解析により、発現に異常を認める新たな9種の候補遺伝子を得た。一方でGiantinら(2014)は、同様のアレイ解析にて予後因子の可能性をもつ別の4腫の候補遺伝子を報告していた。そこで我々は、これら13種の候補遺伝子に注目し、犬の肥満細胞腫腫瘍組織における発現動態を解析することで、F群における腫瘍発症機構の解明につながるものと考えた。 まず13種すべての候補遺伝子で、腫瘍組織中のmRNAレベルでの定量解析を行った。この結果、F群(2症例)において、C群(14症例)と比較して、とくにPRKCE遺伝子の発現量に著しい減少傾向を認めた。またPPP2R1A、CD3E、C6の3種の遺伝子では、F群における増加傾向を認めた。 このうち、とくに差が大きかったPRKCEに注目し、F群とC群とを対象として全長の遺伝子配列の比較を行った。しかしながらF群には、アミノ酸配列に影響のある新たな変異は認められなかった。PRKCEがリン酸化に関係するたんぱく質であることから、F群におけるこの発現量の低下は、リン酸化反応カスケードの前後の変化に影響されている可能性などが考えられた。 本検討により、フレンチブルドッグの家族性発症に影響を与えている候補遺伝子として、PRKCEをはじめとした4種の遺伝子が新たに見出された。今後、これらが腫瘍発生にどのように関連しているか、詳細な検討が必要となるものである。
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