研究課題/領域番号 |
15K07792
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
矢野 修一 京都大学, 農学研究科, 助教 (30273494)
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研究分担者 |
秋野 順治 京都工芸繊維大学, 応用生物学系, 教授 (40414875)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | ハダニ / カブリダニ / 分散 / 疑似開放系 / 人工生態系 / 生物的防除 / 捕食回避 / 生物農薬 |
研究実績の概要 |
これまで本課題では、捕食者のケナガカブリダニを経験したハダニ雌成虫が網上に産卵し、網上の卵は葉面上の卵よりもカブリダニに食べ残され易いことを解明してきた(H28年度成果)。同じ観点から、カンザワが葉面につけた食痕上に産卵する理由を探った。食痕上の卵は、食痕周辺葉面上の卵に比べてカブリダニに捕食され難く、またケナガを経験したカンザワが食痕上によく産卵することから、カンザワが卵捕食回避のために食痕上に産卵することが強く示唆された。食痕上の卵は、孵化までの発育は遅れないが、本来なら葉に遮られて葉裏に透過しない有害な紫外線に強く曝されることが示され、これが捕食者不在時にカンザワが食痕上に産卵しない理由(食痕上産卵のコスト)と考えられた。一方、カンザワの加害葉上で、食痕の直上と食痕周辺の未加害部上の局所的な匂いを捕集してGC分析をした結果、両者の匂いが異なることが示され、これが食痕上の卵が捕食され難いことの至近要因であることが示唆された。 一方で、捕食者同士の無益な共食いを防ぎ、ハダニの捕食に専念させる方策を探ることは、ハダニに対する生物的防除の成否に直結するはずである。そのためにはカブリダニの共食いが起きる条件を特定することが重要である。ケナガカブリダニの成虫は餌枯渇時に頻繁に幼虫を捕食(共食い)するが、卵に食いつくのは難しく卵を空回りさせる。これを真似てカブリダニの卵を人為的に転がし続けると卵の孵化が中断し、転がすのを止めると孵化が再開することを明らかにした。この結果は、カブリダニの卵が待ち構えている捕食者を感知して孵化を遅らせ、捕食者が立ち去ったのを見計らって孵化できることを意味し、カブリダニの卵が外界の状況を感知して捕食回避していることを示す新発見である。 また、農薬散布葉に対するカンザワの忌避性進化の検証を試みたが、調査した個体群内に忌避性の遺伝的変異を確認できなかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
研究成果の公表、その社会還元ともに順調に進捗している。H29年度中に発表した本研究費と直接関連する(謝辞に記載のある)原著論文は2編である。前研究課題(H21~25年度、代表者矢野)から引き継ぐ、アブラムシがジェネラリスト捕食者であるアリを介してハダニに及ぼす影響を解明した成果をオランダのダニ学専門誌(雑誌論文1)に、ハダニが捕食者と遭遇した経験に基づいてリスクマネジメントすることを発見した成果を英国の科学誌(雑誌論文2)に発表した。これに加えて現在投稿中の数編が今年度以降の成果となる見込みである。H29年度中にはそれまでの研究成果を2つの国内会議で口頭発表した(学会発表2-5)。さらに、捕食者と被食者の関係を主題とする2018年1月の米国ゴードン財団会議において、私が指導する学生が上記成果2の内容をポスター発表し(学会発表1:招待された邦人は他2名、私自身は卒論と修論作成指導のため不参加)、わが国の生態学研究を海外に強くアピールした。 一方で、毎日放送ラジオ(AM1179, FM90.6:放送区域内人口2千万人)の娯楽番組「福島のぶひろの、どうぞお構いなく。」にゲスト出演し、前課題から継続する農業ダニ類の研究内容について解説・対談したところ(備考1)好評を得て、後日同番組に再出演を果たした(備考2)。この2回の放送は、聴取者による同番組の「神回ベストテン」投票(2018/2/23放送)で過去100回放送分中の4位と6位に入賞した。同番組は科学研究紹介に特化した番組ではないので、本研究課題の成果が一般国民の関心を広く得たことを客観的に証明している。したがって、研究成果の社会への還元に関しては、最終年度を待たずに目的を達成できていると思う。 以上の成果により、本課題の進捗状況は「当初の計画以上に進展している」と判断する。
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今後の研究の推進方策 |
H29年度には、農薬散布葉に対するハダニの忌避性が進化する可能性を調べようと試みたが、調査したハダニの個体群において忌避性の遺伝的変異を確認できなかった。遺伝的変異があること(忌避性進化が可能なこと)を証明するためには、ひとつ以上のハダニの個体群でそれを実証すれば良いが、変異が無いこと(忌避性進化が不可能なこと)を証明するためには無数の個体群を調査する必要があり、現実的・生産的ではない。よって今年度は忌避性進化の検証からは全面的に撤退し、農薬散布葉に対するハダニと捕食者の忌避性が農薬散布状況下で両者の攻防に及ぼす影響を人工生態系内で検証する方向に焦点を絞り、現場での化学農薬と生物農薬(ジェネラリスト捕食者)の併用に指針を示したい。H29年度には、ハダニが食痕上に産卵しない現象の究極要因をカブリダニによる捕食回避の視点から解明し、さらにその至近要因が食痕直上に特有の匂いであることが示唆されたが、匂いの捕集量が少なく物質の特定には至らなかった。本年度は匂いの捕集方法を改良し、GCマス分析に耐えるサンプル量を捕集することで物質の特定を目指したい。またH29年度には、カブリダニが共食いする条件に関する新発見をしたので、本年度はこのトピックを一般科学誌に投稿する一方で、異なるカブリダニの種についても調査してこのパターンを体系化したい。 H28年度の前倒し支払請求により、今年度に海外で開催されるは国際会議には参加しない方針に変更したので、代わりに国内で開催される複数の学会にて研究成果を発表する一方で、投稿中の論文の早期受理と新規論文の投稿に労力を配分したい。なお昨年度から繰り越した予算は、研究成果の一部をオープンアクセス誌で公表するための投稿料に充てる予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由)オープンアクセス誌への投稿・掲載料金支払いに備えて予算を確保していたが、年度末までに間に合わなかったため。
(使用計画)上記論文等の投稿・掲載料金として本年度以降に使用する予定である。
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備考 |
1)MBSラジオ(AM1179,FM90.6)「福島のぶひろの、どうぞお構いなく。」2017/9/8 25:10-26:00 あなたならどうする!?『もしも、ハダニの世界で生きていかなければならなくなったら!?』 2)同上:2017/11/10 25:10-26:00 あなたならどうする!?『もしも、ハダニの矢野先生にもう一度話を聞けるとしたら!?
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