ある種の学習は、生後の限られた臨界期又は感受性期と呼ばれる時期にしか習得できない。刷り込み学習はその典型例である。臨界期が閉じたヒナに、T3を注射すると、再び臨界期が開く。本研究では、T3が学習臨界期を開く分子機構の解明を試みた。 昨年度までに、刷り込み感受性期を開くのに必要な脳領域も新たに同定した。これまで哺乳類の連合野と相同な脳領域Intermediate Medial Mesopallium (IMM) は刷り込みの記憶の獲得に必須であることが分かっていた。我々はIMMの下流で働く脳領域の1つとして、Intermediate Medial hyperpallium apicale (IMHA) に着目した。T3がIMMで働いた後、IMMで刷り込みの記憶が形成され、IMHAはIMMからの神経投射を介して情報を受け取ることを明らかとした。IMHAは、一度覚えた刷り込みの記憶を思い出すこと(想起)に必要であることが分かった。この成果を、Neuroscience誌に報告した(2015)。 本年度は、cDNAマイクロアレイ解析のより、T3の静脈注射によりヒナ大脳で遺伝子発現が上昇する遺伝子を網羅的に解析した。その結果、臨界期を過ぎたニワトリヒナ大脳では、T3静脈注射によりいくつかの遺伝子発現が上昇しており、そのうちの一つがWnt-2b であった。In situ hybridization の結果、Wnt-2b mRNAはIMHA領域でそこで、薬理学的にIMHA領域でWntシグナル伝達を阻害したところ、T3による感受性期の回復が阻害された。この結果は、Wntシグナル伝達がT3の下流で感受性期間の開始に重要な役割を果たすことを示している。その成果は、Hormones and behaviorに掲載された(2018 in press)。
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