研究課題/領域番号 |
15K08007
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研究機関 | 名城大学 |
研究代表者 |
能勢 充彦 名城大学, 薬学部, 教授 (60228327)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 糖尿病性末梢神経障害 / 牛車腎気丸 / 一酸化窒素 / TRPチャネル / 治療効果 / 予防効果 |
研究実績の概要 |
本年度の課題は、①糖尿病末梢神経障害(DPN)における血中一酸化窒素(NO)のバイオアベイラビリティーの検証、②牛車腎気丸(GJG)のDPN感覚低下改善作用メカニズムの一つとしてTRPチャネルを介した作用があるのか、③GJGのDPN感覚低下改善作用における有効生薬の探索、そして④GJGのDPNに対する予防作用はあるのかという多面的な解析を進めることであった。 まず、①についてはDPN発症期の血中NO測定を中止し、課題を残したものの、②についてはTRPV1あるいはTRPA1を発現させたHEK293細胞の活用により、GJGにアゴニスト活性があることを見出した。構成生薬についても検討し、桂皮エキスに強いTRPV1・TRPA1アゴニスト活性を認め、附子エキスにも両アゴニスト活性を検出した。また、③では、GJGのDPN感覚低下作用に関わる生薬として、分画での検討ならびに単味生薬での検討を通して、山薬、桂皮、附子、沢瀉を有効生薬として同定した。 昨年度の研究により、GJGはNO産生を介して、一過性の改善作用を示すことが明らかとなっており、この作用の一つとしてNO合成酵素基質であるL-arginineの供給があると考え、GJGならびに構成生薬エキス中のL-arginine含量を測定したところ、作用発現に関わると推定できる量のL-arginineを認め、またそのL-arginineの多くは山薬、沢瀉に由来することも明らかにすることができた。 以上の成績から、GJGがDPNの感覚低下を改善する作用機序として、山薬・沢瀉によるL-arginineの供給からNO産生亢進に寄与し、桂皮・附子によるTRPチャネル活性化とともに末梢血流の改善を示すという仮説がより明確なものとして考えられるようになった。 さらに、DM発症確認後からGJGを投与することで、感覚過敏ならびに感覚低下を予防することを見出した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
前年度に明らかとなったことを踏まえ、DPNの感覚低下を改善するGJGの有効生薬の探索を中心に、また新たに予防効果の有無も含め、すべての計画を実施した。 有効生薬の探索においては、前年度の知見をもとに、牛車腎気丸をまず構成生薬をいくつかのグループに分けて検討し、さらに絞り込んだ4生薬(山薬、沢瀉、附子、桂皮)のそれぞれが作用を示すことを明らかにすることができ、より分子レベルでの作用機序解析へと研究を進めることができると考えている。この4つの生薬では、L-arginine含量、またTRPV1に対するアゴニスト活性に差異があることが判明し、GJG全体の作用の中でそれぞれ役割があるようにも推定されるが、単独でも改善作用があることから、まだ他にも作用点が存在する、あるいは他の作用機序が存在する可能性が残されており、今後の展開が大いに期待される。 また、streptozocin投与により、糖尿病とした翌週からGJG投与を開始し、8週間に渡って感覚試験を実施したところ、DPNの感覚過敏も感覚低下も予防することが判明した。対照薬として用いたエパルレスタットは、感覚過敏を予防しない一方で、感覚低下は予防するという結果も同時に得ており、両者の違いに興味が持たれる。尚、坐骨神経を用いたする日トール含量の測定においては、エパレルスタットは何も影響を与えず、GJGでその増加を抑制する傾向が認められた。このGJGの作用については再現性も確認しており、構成生薬の中でどの生薬が関与しているのか、感覚低下改善作用と同じ生薬が効果を示すのかなど、次の課題を生んでいる。 以上のように、当初計画よりも進み、新たな課題となることも多く、次につながる成果を多く得た半面、糖尿病における内皮機能障害が本病態の基盤ではないかと考えていたわりに血中NO濃度の変化を検出できず、継続して検討しなければならない課題も残している。
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今後の研究の推進方策 |
本年度までに、GJGのDPN感覚低下改善作用に関して、作用機序及び有効生薬の絞り込みまで達成できた。その一方で、作用機序として考えているNOが機能する部位は末梢血管なのか、それとも後根神経節なのかという根本的な疑問は解決されておらず、DPNの発症機序を含め、解決すべき課題はまだまだ多いことがはっきりとしてきた。さらに、L-arginineという一酸化窒素合成酵素(NOS)の基質の供給はしていることは判明したものの、やはりNOS自体の活性化はあるべきだろうと考えると、そのNOS自体も内皮細胞のeNOSなのか、神経細胞のnNOSなのか不明なままである。有効生薬も4種あることから、これ以降のメカニズム解析をin vivoで行うことには物理的な制約も多いことから、必要な場合を除き、できるかぎり培養細胞を用いた実験系の構築とその活用による分子レベルでの作用機序の解明へと研究を展開して行く必要性が生じていると考えている。 そこで、GJGの感覚低下改善作用におけるTRPV1の関与といった作用点の確認には、in vivoでの機械的刺激に対するvon Frey試験は行うが、その後のNOSの活性化など対する解析はin vitroの実験系を構築して行こうと考えている。もちろん、その中にはTRPV1やA1の関わりも含めた系となる必要がある。 さらに、本年度、感覚過敏をも含めたDPNの諸症状に対し、GJGは予防的にも有用であることが明らかとなった。DPNに関しては、その感覚過敏にはTRPV1の活性化が、感覚低下にはTRV1の不活性化が報告されていることから(Molecular Pain (2008))、GJGにTRPV1に対するアンタゴニストとアゴニストが共存する可能性も含め、有効成分の単離・同定を行う検討も始める必要があると考えている。 次年度が最終年度であるため、次の申請に継続できるように進めたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
主に血中NO濃度測定用にニトロチロシンELISAキットの購入を見送ったことによる。予備実験的に、マウス糖尿病モデルの血中ニトロチロシンの測定をELISAキットを用いて行ったところ、測定値のバラツキが大きく、糖尿病での血中NO濃度の推定に疑問を持ったことに加え、糖尿病における血中NO濃度に関する文献値も正常状態よりも上がるのか、下がるのか、両者の報告が多く、一定の基準とならないと判断し、中止した。 糖尿病においては、血管内皮機能が障害され、eNOSによるNO産生が低下すると考えていたものの、NOに対する反応性が減弱したため、逆にNO産生が亢進し、血中NO濃度が上昇するという報告も散見される。
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次年度使用額の使用計画 |
より分子レベルでの作用機序を解明するために、現在TRPV1やNOSなど候補分子への作用を検討できるin vitroアッセイ系の構築を模索しており、その実験系の確立のために予算を活用したいと考えている。
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