ピロリ菌Helicobacter pyloriは、胃粘膜に長期間持続感染して、胃炎、胃潰瘍、胃ガンを誘発する。現在、除菌療法としてプロトンポンプ阻害剤と抗生物質による併用療法が普及しているが、耐性菌の出現や再感染が臨床上問題となっている。ピロリ菌はチアミンの前駆体であるピリミジン部(hydroxymethylpyrimidine、HMP)およびチアゾール部(hydroxyethylthiazole、HET)合成経路を欠失しているため、チアミンの供給を外界からの取り込みに依存しており、チアミンの輸送系を阻害する化合物は抗ピロリ菌剤として有望と思われる。そこで本研究では、ピロリ菌SS1株におけるチアミン取り込み機構を生化学的に解析し、チアミン輸送系を標的とする抗ピロリ菌剤を開発するための基盤となる知見を得ることを目的とする。 先ず、ピロリ菌はチアミン(>1 nM)もしくはHMPとHETの共存下(>10 nM)において生育することを確認した。ピロリ菌は[3H]チアミンを促進拡散によって細胞内に取り込み、この輸送系の見かけのKm値は19μMであり、取り込み時のチアミンの認識にはピリミジン部が関わっていることが示唆された。次に、pnuT遺伝子を大腸菌で発現させたところ、[3H]チアミンの取り込み活性が上昇することが観察され、PnuTはチアミン輸送タンパク質であることを証明した。一方、人工的に構築したpnuT株では、チアミン取り込み活性が大きく低下し、見かけのKm値は81μMになった。また、pnuT株の生育は高濃度(>100 nM)のチアミンを必要とした。この結果から、ピロリ菌にはチアミンを取り込む系が複数存在し、PnuTはピロリ菌が低濃度チアミン環境下でも生育するために必要な高親和性チアミン輸送系であることが明らかとなった。
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