我が国では、精神疾患に罹患する患者が急増しているにもかかわらず、多くの精神疾患の病因や病態が未だ不明であるため、有効な治療法の開発が滞っている。そこで、本研究では、全ゲノム関連解析において複数の精神疾患(双極性障害、統合失調症およびうつ病)に関連することが示唆されているプレシナプスタンパク質Piccolo(遺伝子PCLO)に着目して、その中枢神経系における機能的役割を明らかにし、精神疾患の病因・病態メカニズムを解明する。 昨年度までに、PCLO miRNAを組み込んだアデノ随伴ウイルスベクターを青年期マウスの前頭前皮質に注入し作製したPiccoloノックダウンマウスを用いて、個体、細胞および分子レベルにおけるPiccoloの神経機能を解析した。その結果、本マウスでは、双極性障害の躁状態や統合失調症の陽性症状および認知機能障害に類似の表現型が観察されることを明らかにした。また、本マウスの前頭前皮質では、プレシナプスからの神経伝達物質放出機能が障害されていることを明らかにした。 今年度は、まず、より精神疾患への妥当性が高いモデル動物の作製を試みた。前述の遺伝子改変マウスに軽度な社会的敗北ストレスを暴露したところ、新たな表現型としてうつ様行動が誘発された。次に、光遺伝学とin vivoダイアリシス法の複合的実験手法を用いて、脳内ネットワーク機能を解析した。その結果、本マウスの背側線条体では、前頭前皮質からの神経刺激によるグルタミン酸遊離増強およびドパミン遊離減少が共に障害されていた。 以上のことから、双極性障害もしくは統合失調症では、前頭前皮質からの神経ネットワーク不全によって、背側線条体における神経機能障害が引き起こされていることが示唆された。さらに、前頭前皮質Piccoloノックダウンマウスが、妥当性の高い新たな精神疾患モデル動物として有用であることも示唆された。
|