研究課題
脳の高次機能にはシナプスの伝達効率の動的な制御(シナプス可塑性)が深く関与している。膜脂質(特にホスファチジルイノシトール(3,4,5)三リン酸:PIP3)が興奮性シナプス伝達を担うAMPA型グルタミン酸受容体(AMPA-R)のシナプス後肥厚部(PSD)上での発現に重要な役割を持つことが示唆されている。しかし、PIP3とAMPA-Rを繋ぐ分子実体やその制御機構は解明されていない。我々は、PIP3に高い親和性を持つPhldb2(pleckstrin homology-like domain, family B, member 2、別名LL5)の機能解析の過程で、Phldb2がシナプス可塑性の発現に必須であることを発見した。そこで、PIP3,Phldb2,AMPA-Rの神経細胞膜上発現の分布を明らかにしながら、膜脂質制御の視点からAMPA-Rのシナプス集積とその調節の分子機構を解明することを目的とする。今年度、我々は最初にシナプス膜上のAMPA-R発現に対するPhldb2の役割を検討するために、凍結割断レプリカ標識(SDS-FRL)法を用いたAMPA-R発現の高解像度解析を行った。総AMPA-R標識とGluA1標識のラベルの両方でのシナプス内係留とシナプス後肥厚タンパク質(PSD)-95の細胞内動態に関与することを突き止めた。
2: おおむね順調に進展している
平成27年度は、以下の目的を達成した。Phldb2はシナプス膜表面におけるAMPA-Rの発現密度の制御に関与することの証明シナプス膜上のAMPA-R発現に対するPhldb2の役割を検討するために、凍結割断レプリカ標識(SDS-FRL)法を用いたAMPA-R発現の高解像度解析を行った。電子顕微鏡下で海馬CA1錐体細胞のシナプスを膜内粒子(IMP)の集積を頼りに同定し、興奮性シナプス後膜の面積とAMPA-R標識数を測定した。総AMPA-R標識とGluA1標識のラベルの両方で、シナプス面積と標識数の有意な正の相関が見られ、これはphldb2 KOマウスでも確認された。しかし、KOマウスでは、総AMPA-R標識、及びGluA1標識の両方の標識密度が野生型マウスの標識密度に比べ有意に低いことが分かり、phldb2の欠損が、単一シナプスレベルにおけるAMPA-R発現密度の制御に関与することが明らかとなった。Phldb2はPSD-95のスパイン内動態を制御することの証明脂質関連分子を介する新たなAMPA型グルタミン酸受容体のシナプス集積機構の解明ス後肥厚部(PSD)と呼ばれ、神経伝達物質受容体をはじめとする種々のシナプス機能分子が集積することで、機能的な分子複合体を形成している。興奮性シナプスでこの分子複合体形成に中心的な役割を担う分子(足場タンパク質)PSD-95のシナプス発現がPhldb2の制御下にあるかどうかを検討する目的で、培養海馬神経細胞のPSD-95局在を、免疫染色法より比較検討した。その結果、KOマウスではPSD-95局在のピークがスパインheadの辺縁から樹状突起シャフトに移動していた。さらに、paGFP-PSD-95の培養海馬神経細胞への発現誘導後のPSD-95拡散動態解析で、PSD-95の拡散がKOマウスで遅いことが判明した。これらのことから、Phldb2はPSD-95のスパイン内局在および移動も制御していることが示唆された。
PIP3-Phldb2-AMPA-R相互作用に関わる分子基盤の解析(1)AMPA-Rサブユニット局在およびCaMKII制御への検討海馬興奮性神経細胞のAMPA-RはGluR1/2かGluR2/3ヘテロ二量体として発現している。既に、Phldb2-KOマウスでは細胞膜上GluR2量が減少しており、AMPA-R発現制御機構に異常があることを突き止めている。そこで、このマウスにおけるシナプス膜上AMPA-Rの発現を調べ、Phldb2のAMPA-Rのシナプス膜上集積への関与を証明する。WTとPhldb2-KOマウスの海馬からシナプスの各分画を抽出し、Western Blot(WB)法によりAMPA-Rサブユニット、補助サブユニット(TARPs)、シナプス足場タンパク質、Phldb2、CaMKII等の発現量を比較検討する。(2) Phldb2-AMPA-R相互作用の分子機構の解析上記実験で量的変化が検出された分子はPhldb2との関連性が高いと考えられる。そこでこれら分子のアミノ酸配列情報から、Phldb2との分子間相互作用の有無を推測したり、プルダウン実験による直接結合の有無を検討する。既にPhldb2がPSD-95と結合し、PSD-95の移動を制御することを示唆する結果を得ているので、PIP3がシナプス膜直下の足場タンパク質の集積を促進し、その結果シナプスへのAMPA-Rの集積が促進されている可能性を念頭に、分子間相互作用を調べる実験を設計する。
SDS-FRL法などの免疫電子顕微鏡法による解析の費用のために翌年に繰越した。
SDS-FRL法などの免疫電子顕微鏡法による解析の費用に充てる。
すべて 2016 2015
すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (3件) (うち国際学会 2件、 招待講演 1件)
Neurosci Lett
巻: 612 ページ: 18-24
10.1016/j.neulet.2015.11.049. Epub 2015 Dec 2.
J Neurosci
巻: 35 ページ: 2942-58
10.1523/JNEUROSCI.5029-13.2015