ピロリ菌感染に伴う急性胃粘膜傷害や胃粘膜上皮構造の破綻が惹起されるメカニズムには未だ不明の部分が多い。本研究は我々がゲノム規模の遺伝学的スクリーニングによって同定したピロリ菌の発癌蛋白質CagAの標的候補分子に着目し、ピロリ菌、特にCagAを持つ菌株による激しい胃粘膜傷害とこれに伴う慢性炎症および胃癌の発症メカニズムを明らかにすることを目的とした。 標的候補分子は胃粘膜上皮からの粘液分泌に関与する分子と考えられた。この分子と CagA は細胞内で物理的に結合するが、CagAのC-terminal側ドメインがこの分子との結合に必要であり、我々は結合ドメインを欠く欠失変異型 CagA の発現コンストラクトを作成した。また一つのアミノ酸を置換させることによってこの分子との結合が失われる置換変異型 CagA の発現コンストラクトの作成にも成功した。 次いで、マウス胃粘膜上皮から構築した胃オルガノイド(器官用構造体)において野生型CagAを発現させると胃粘液分泌過程が阻害されることを明らかにした。これに対し、当該標的分子と結合できない欠失変異型CagAや置換変異型CagAを発現した場合には、胃粘液分泌過程の阻害が認められなかった。 さらにCagAをもつピロリ菌に感染したヒトの臨床検体では、胃表層粘液細胞において粘液分泌が阻害されるが、一方CagAをもたないピロリ菌に感染した検体ではこの阻害が認められないことを併せて明らかにした。 以上より、CagAは胃の粘液分泌を阻害することによって胃粘膜傷害を繰り返し引き起こし、これが基盤となって慢性炎症および胃癌が発症する可能性が示唆された。
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