研究課題/領域番号 |
15K08174
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
古家 喜四夫 名古屋大学, 医学系研究科, 研究員 (40132740)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | ATPシグナリング / ATP放出 / メカノバイオロジー / 機械受容 / 肺 / 膨張機械刺激 / ATPイメージング / ルシフェリン-ルシフェレース |
研究実績の概要 |
本研究はATP放出の多様さがどのように生じそれが生理学的にどのような意味を持つのかを私たちの開発したATPリアルタイムイメージング法を主体に解明し、ATP細胞間シグナリング系の全体像解明に寄与することを目的としている。昨年度、組織・器官レベルの観測を可能にする低倍のマクロ顕微鏡を用いたATPイメージングシステムを構築した。このシステムは摘出した組織丸ごとでのルミネッセンスのイメージングとその透過像あるいは落射像の同時赤外光イメージングを可能にする。我々はラットの肺を気道及び血管を介して潅流し摘出する(ex vivo)方法を確立し、昨年度および当年度このサンプルにATPルミネッセンスイメージングを適用した。肺動脈または気道からATP検出用のルシフェリン-ルシフェレース溶液を潅流し、気道を介して肺胞を膨張させる機械刺激(約20cmH2O)を与えたところ、肺胞だけでなくそれを取り囲む肺毛細血管においても一過性のATP放出が観測された。このATP放出のメカニズムはまだ不明であるが、この発見はインタクトな肺組織から生理的な膨張機械刺激によってATPが放出されることを初めて示した例であり論文として発表した(Am J Physiol 311: L956-969, 2016)。また、低張刺激によるATP放出のパターンががん細胞と正常細胞で大きく異なり、がん特異的なATP放出機序の存在を昨年度示唆したが、このATP放出がスフィンゴ脂質の代謝産物であるsphingosine-1-phosphate (S1P)によっても活性化されることを見出した。これらのことはがん微小環境中には高濃度のATPが慢性的に存在し、それが細胞外ATP分解酵素によって分解されることにより、がんの免疫抑制に寄与するアデノシンを生成していると考えられることから、そのATPソースとして非常に興味深い。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
計画時に予定していた高解像度のイメージングはまだ行っておらずその点では遅れている。しかしマクロ顕微鏡を用いた低倍のATPイメージングシステムの構築と、それを用いたラット肺組織からの肺胞膨張によるATP放出のイメージングに成功し論文にまとめることができた。この発見は生理的な刺激による生体組織からのATP放出を観測した初めての例であり意義深い。そのためにかなりの時間を要したが高解像度の観察と低倍での組織全体での観察は本研究においてATP放出の機序と役割その多様性を探る上でどちらも重要であり、その意味では研究は全体としておおむね順調に進んでいるということができる。
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今後の研究の推進方策 |
低張刺激によるがん細胞特異的なATP放出機序はある特定の薬物で阻害され、また分化誘導すると消失し、スフィンゴ脂質シグナル系で活性化されるなど特異な性質が分かってきておりその同定を行う。また正常乳腺細胞の多様なATP放出機序をあらためて見直し、それらの発生要因や制御機構とがん細胞特異的放出機序との関連を調べる。そのため正常乳腺培養細胞に分化、増殖等状態を変える各種処理を行い、低張刺激等によるATP放出機序がどのように変換されるかを測定する。がん微小環境でATPは豊富に存在する細胞外分解酵素によってアデノシンに加水分解され、それががんに対する免疫攻撃を抑制するキーとなる働きをしていることが最近分かってきた。がん特異的なATP放出機序やその制御機序が分かれば治療のターゲットにもなり得る。
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次年度使用額が生じた理由 |
低倍のマクロ顕微鏡を用いた組織全体からのATP放出イメージング実験の方が進展し、実験および論文出版に多くの時間を要したため、計画時に予定していた高解像度の蛍光観察の実験および初代乳腺培養を用いた実験が行えていない。そのためそれに関する光学部品や初代培養に必要な試薬等の購入がなかったため予定より少ない使用額となった。
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次年度使用額の使用計画 |
29年度はこれらの実験とがん細胞特異的ATP放出経路の同定に必要な抗体、活性化あるいは阻害試薬等に用いる。またがん細胞特異的放出経路との比較のため正常乳腺細胞の培養をいろいろな条件を変えて行いATP放出機序の変化を測定する予定だがそのために必要な各種試薬の購入を行う。
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