本研究はATP放出の多様さがどのように生じそれが生理学的にどのような意味を持つのかを私たちの開発したATPリアルタイムイメージング法を主体に解明し、ATP細胞間シグナリング系の全体像解明に寄与することを目的としている。これまでに組織・器官レベルの観測を可能にする低倍のマクロ顕微鏡を用いたATPイメージングシステムを構築し、ラット潅流摘出肺において気道を介して肺胞を膨張させることによって肺胞だけでなくそれを取り囲む肺毛細血管においても一過性のATP放出をはじめて観測することができた。本年度は夏にカナダからの留学生(Ju Jing Tan)を迎え、生体の胸腔を模した密閉チェンバーを作成し、陰圧によって肺を膨張させることによっても同様にATP放出の観測に成功した。この実験はカナダのモントリオール大学Ryszard Grygorczykの研究室でも続けて行われており、共同研究を通してさらに発展させ肺におけるATP放出の役割を明らかにしていく予定である。また、私たちは低張刺激によるATP放出をリアルタイムにイメージングし、初代培養の正常乳腺上皮細胞と乳がん細胞等の未分化株細胞とでは異なったATP放出パターンを示すことを見出した。未分化細胞株に特異的にみられる散漫的持続的ATP放出は容量調節性Cl-チャネル(VRAC)の阻害剤であるDCPIBでのみ阻害されることなどから、VRACががん細胞におけるATP放出経路であるとの仮説を立てている。実際VRACの分子実体であるLRRC8 (Leucine-rich repeat-containing protein 8)のAからEのisoformsが乳腺細胞株に発現していることをリアルタイムPCRによって確かめた。幸い、このがんにおけるATP放出の機序と役割に関する研究は18年度からの新たな科研費として採択され新たに発展させることが可能となった。
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