研究実績の概要 |
私達は、破骨細胞膜を強い酸性環境に曝露した際に、内向きプロトン(H+)電流が活性化されることを発見した。破骨細胞膜にH+排出を担うH+ポンプ(V-ATPase)とH+ channelが共存することはよく知られているが、H+流入経路については解明されていない。本研究は、このH+流入経路の同定、およびV-ATPase、H+ channelを加えた微小環境におけるH+シグナルの制御メカニズムと機能的意義を明らかにすることを目指している。逆転電位がH+濃度勾配に依存し、Na+, Cl-, HCO3-濃度に依存しないことから、H+流入がH+選択的な受動輸送であることが示され、私達は“acid-inducible H+ influx pathway”と仮称している。既存のH+輸送体(H+ポンプ、H+/cationチャネル、H+/Cl- antiporterなど)のブロッカーの中でH+ influxを抑制するものが見つかっていないため、新規分子の可能性を視野に入れ研究を進めている。H+ influx pathwayの活性化閾値(pH 5.5)は、骨吸収窩がV-ATPaseによって十分酸性化したときに初めて機能することを意味し、酸性環境を和らげ骨吸収を調節する役割が示唆される。破骨細胞ではリソゾームにあるV-ATPaseが細胞膜にリクルートされる。リソゾームを含む細胞内酸性小胞のpHはV-ATPaseによるH+の蓄積とH+-leak機構によるH+の排出のバランスで決定される。H+ influxの閾値がlysosome/phagosome内pHに近似し、新生phagosome内pHが低下した後一過性に上昇する現象(pH-spike)から、私達の見出したH+ influx pathwayがlysosome/phagosome膜にも存在する可能性がある。多様な研究手法を適用しやすい破骨細胞膜は、普遍的なH+-leak機構を解明するモデルとして有望である。結果の一部は論文に発表した(Kuno et al., in press)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
① acid-inducible H+ influx pathwayの電気特性:マクロファージ系細胞株(RAW264)から分化させた破骨細胞を、酸(pH 4.5)で刺激しH+ influxの内向き整流性を解析した。-90 - -50 mV及び0-50 mVの電流電圧曲線の傾きの比(rectification index)は、Na+, K+, Cl-非存在下では2.8 -3.2で細胞内液のpH (5.5-7.3)で有意差はなかった。Na+存在下では小さかったが (1.2)、他のNa依存性機構の影響を検討する必要がある。Cl-, Zn2+, Ca2+は外向き整流性Clチャネルを活性化させ、rectification indexを正確に判定できなかった。 ② 細胞内外pH動態: acid-inducible H+ influxによって膜近傍の細胞内pHは著しく低下した。弱塩基・弱酸(NMDG-aspartate)を強塩基・強酸(TMA-methanesulfonate)に置換しても差は無く、シャトル効果の影響はないと推定した。 ③ 薬理学的特性の検討:陽イオンチャネル(ASIC, TRP, HCN channels)のブロッカー(amiloride, ruthenium Red, ZD7288), H+/Cl-チャネル(ClC7)のブロッカー(DIDS), H+ポンプのブロッカー(bafilomycin, DCCD)は, acid-inducible H+ influx を抑制しなかった。 ④ 細胞依存性と誘導機構:acid-inducible H+ influxは、未分化のRAW264細胞やCOS7細胞では小さかったが、分化後、破骨細胞膜形成の阻害薬LY294002を投与しても短時間(2-数時間)では影響は見られなかった。 ⑤ 新生phagosomeのpH spike: zymosan粒子を取り込ませたphagosomeのpH spike(pH感受性色素で検出)とacid-inducible H+ influxをwhole-cell clamp下で検出するシステムを構築中である。
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今後の研究の推進方策 |
① acid-inducible H+ influx pathwayの電気特性の解析(継続):シャトル効果やNa依存性輸送体の影響の少ない強酸(methanesulfonate)・強塩基(tetramethylammonium)溶液下でrectification indexを再検討する。 ② 薬理学的特性の検討(継続):膜脂質(コレステロール、アラキドン酸など)、ヌクレオチド(ATP, ADP, GDPなど)、H+ uncoupler試薬(FCCP)などの効果を調べる。 ③ 新生phagosomeのpH spike (継続): phagosomeのpH spike(pH感受性色素で検出)とH+ influxをwhole-cell clamp下で検出し比較検討するシステムの実用化を目指す。ダイナミン依存性endocytosisを促進する刺激(高Ca2+, NH4Cl刺激など)によってphagosome形成を増強させた場合のpH spikeの発生頻度を調べる。 ④ 細胞外Caおよび細胞外リン酸の影響: 骨吸収窩では、酸性環境下でハイドロキシアパタイトが分解され、Ca2+や無機リン酸濃度が上昇し、高濃度の細胞外Ca2+やリン酸が破骨細胞の機能を抑制することが報告されている。Ca2+(10-40 mM)やリン酸(5-40 mM)がacid-inducible H+ influx pathwayに与える影響を検討する。 ⑤ 多様な酸性環境下での破骨細胞の応答・作業仮説:内因性(V-ATPase、H+ channel、H+-leak)および外因性に多様な微小酸性環境を誘導し、endocytosis/transcytosis, Ca-sensing応答、活性酸素産生などを指標に、酸性環境における破骨細胞の機能がH+シグナルによってどのように制御されているか、作業仮説の提唱を目指したい。
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