研究課題
本研究は認知症のごく初期に低下する嗅覚機能に着目し,嗅覚と認知機能の関連および加齢変化を脳内コリン作動性神経を軸に解明する基礎研究である.前脳基底部に由来するコリン作動性神経は,新皮質,海馬,嗅球に入力し,それぞれ認知,記憶,嗅覚機能調節に関わる.さらに血管に作用して血流調節に関わることが新皮質や海馬で証明されている.昨年度の本研究課題において嗅球に投射する前脳基底部コリン作動性神経はアセチルコリン(ACh)を放出するものの,血流に対しては影響を及ぼさないことを明らかにした.平成28年度はまず,この成果を原著論文としてまとめて発表した.更に,嗅球に入力するコリン作動性神経が嗅球における嗅覚情報を修飾する可能性を成熟ラットで調べた.麻酔ラットの鼻腔に酢酸アミル(バナナ様の匂い)の飽和蒸気を流入させて匂い刺激をした際の嗅球と新皮質の血流変化を測定した.匂い刺激は,新皮質の血流には影響しないが,嗅球に特異的な血流増加を起こした.この血流増加は,嗅球の匂いに対するニューロン活動を反映したものと考えられた.匂い刺激の気流速度が低い場合は嗅球血流反応は殆ど観察されないが,コリン作動性刺激薬(ニコチン性ACh受容体作動薬)を投与すると,同刺激による嗅球血流増加反応が顕著になる傾向が認められた.これらの結果は,嗅球に入力する前脳基底部コリン作動性神経が嗅覚感受性を高めることを示唆する.今後,コリン作動性入力による嗅覚感受性亢進反応を定量的に解明するとともに,関与する受容体サブタイプや加齢変化を検討する予定である.本研究により,嗅球に入力する前脳基底部コリン作動性神経の嗅覚調節機構の解明が進み,嗅覚機能と認知機能の関連を明らかにするための基礎的な知見を示すことが可能になると考えられる.
2: おおむね順調に進展している
平成27-28年度は,嗅球に投射する前脳基底部コリン作動性神経の生理機能の検討を成熟ラットを用いて行った.新皮質や海馬に投射するコリン作動性神経は認知,記憶機能に関わるのに加え,血管に作用して血流調節に関わることが既に証明されていた.初年度(平成27年度)において,嗅球に投射するコリン作動性神経が新皮質や海馬と同様に,嗅球の血流調節を担う可能性を成熟ラットで検討した.その結果,第一に,麻酔した成熟ラットにおいて,嗅球細胞外ACh量をマイクロダイアリシス法で測定することに初めて成功した.第二に,前脳基底部のブロカの対角帯核の水平脚(HDB)の化学刺激や電気刺激により嗅球細胞外ACh量が増加することを証明した.第三に,嗅球の血流に対しては,HDBの化学刺激は有意な影響を及ぼさないことを証明した.これらの研究成果を,平成28年度に英文原著論文としてまとめて発表した.次に,嗅球に入力する前脳基底部コリン作動性神経が,嗅球における嗅覚情報の修飾する可能性を平成28年度に検討した.嗅覚刺激に対する嗅球の応答を成熟ラットで調べ,匂い刺激により嗅球血流が増加する反応の観察に成功した.更に,コリン作動性刺激薬を投与すると匂い刺激に対する嗅球血流応答が増大する傾向が明らかとなった.この結果は,嗅球に入力する前脳基底部コリン作動性神経が嗅覚感受性を高めることを示唆する.今後,嗅球におけるコリン作動性入力の嗅覚感受性亢進反応を定量的に解明する必要がある.更に,嗅覚調節に関わるコリン作動性の受容体サブタイプを明らかにし,加齢変化の検討へと進めていく必要がある.嗅球のコリン作動性神経系の機能とその老化過程を明らかにし,新皮質や海馬のコリン作動性機能の老化過程と比較することにより,嗅覚機能と認知機能の関連の解明を目指す本研究課題は,おおむね順調に進展していると考えている.
本研究は,嗅球に投射するコリン作動性神経系機能の老化過程を解明し,新皮質や海馬と比較することを目的とする.嗅球のコリン作動性神経機能の加齢変化が,新皮質や海馬よりも早期に低下する可能性を予想している. 過去2年間の本研究において,嗅球に投射する前脳基底部コリン作動性神経の生理機能を成熟ラットで検討した結果,嗅球へのコリン作動性入力は,血流には影響を及ぼさないが,匂い刺激に対する嗅球の血流応答を増大させる働きがあることを示唆した.今後,以下のことを検討する予定である.1.コリン作動性入力による嗅覚感受性亢進反応の定量的解析: 匂い刺激に用いる鼻腔への気流速度によって,嗅球血流応答の大きさに違いが認められる.種々の気流速度による匂い刺激に応じる嗅球血流応答を観察し,コリン作動性刺激薬による嗅覚感受性の亢進反応の詳細を定量的に解析する.2.嗅覚感受性調節に関わるコリン作動性受容体サブタイプの解析: 嗅覚感受性の亢進を起こすコリン作動性受容体のサブタイプを検討する.ニコチン性受容体とムスカリン性受容体の関与の違いおよび,ニコチン性受容体についてはα4β2サブタイプとα7サブタイプのいずれが関与するか検討する.3.嗅球,海馬,新皮質に入力するコリン作動性神経機能の加齢変化の比較: 嗅球,海馬,新皮質の細胞外ACh量について,安静時のACh量および前脳基底部刺激に対するACh放出反応の加齢変化を調べる.種々の強度で前脳基底部を電気刺激し,ACh放出を亢進させる閾値強度と最大強度について,加齢変化を明らかにする.嗅球支配のコリン作動性神経細胞の数は海馬や新皮質支配の細胞に比べて少なく,加齢による低下が皮質よりも嗅球において早期に観察されることが予想される.以上の検討により,本研究目的である嗅球コリン作動性神経系の機能とその老化過程を解明し,嗅覚機能と認知機能の関連を明らかにする.
すべて 2017 2016 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (6件) (うち国際共著 1件、 査読あり 6件、 謝辞記載あり 2件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (16件) (うち国際学会 2件、 招待講演 9件) 図書 (1件)
Journal of Physiological Sciences
巻: 印刷中 ページ: 印刷中
10.1007/s12576-017-0542-z
自律神経
巻: 54 ページ: 26-33
Neuroscience
巻: 343 ページ: 250-259
10.1016/j.neuroscience
Autonomic Neuroscience: Basic & Clinical
巻: 203 ページ: 1-8
10.1016/j.autneu.2016.11.001.
巻: 66 ページ: 491-496
10.1007/s12576-016-0468-x
Scientific Report
巻: 6 ページ: 27354(p1-19)