低酸素慢性期においてCREBが活性化される分子機構の解析を進めた。CREBの活性化はリン酸化によって引き起こされる。このリン酸化に働くキナーゼを明らかにするため、古典的経路でCREBの活性化に働く複数のキナーゼ阻害剤を処理したところ、キナーゼAの阻害剤で特異的にこのリン酸化が抑制されることが判明した。一方で、急性期の低酸素応答の活性化に働く因子をノックダウンしたところ、CREBの転写活性が低下することがルシフェラーゼアッセイより明らかになった。したがって、慢性期低酸素でのCREBの活性化は急性期を経てはじめて起こると考えられた。そこで、キナーゼAが低酸素急性期で発現誘導される可能性を検証したが、そのような傾向は見られなかった。さらに、急性期の活性化に働く因子のノックダウンでもCREBのリン酸化の減少は見られなかったことから、低酸素慢性期のCREB活性化を規定するのはリン酸化ではないことが明らかになった。CREBの活性には核内移行が必要であることに着目して、この分子機構の解析に新たに着手した。さらに、前年度までに同定した低酸素特異的なCREB標的遺伝子の中には、がんの悪性化に関与する分子も複数含まれていたことから、慢性期低酸素ががん形成に及ぼす影響を次に検証した。慢性期まで低酸素環境で培養した乳がん細胞は顕著なCREBの活性化を示した。ところが、この細胞を免疫不全マウスに移植したところ、腫瘍形成は抑制されることが明らかになった。CREBノックダウンがん細胞の転移能が低下していることは前年度に明らかにしたが、CREBの活性化はがんの増殖にはむしろ抑制的に働く可能性を示すものであった。一方、このがん増殖能の低下には代謝酵素PDHの発現が寄与することを明らかにした。今後は、本研究で見出した知見を基に、CREBがPDHを含むがんの代謝にどのように作用するのかを明らかにしていきたい。
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