研究課題/領域番号 |
15K08263
|
研究機関 | 金沢大学 |
研究代表者 |
鈴木 健之 金沢大学, がん進展制御研究所, 教授 (30262075)
|
研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
|
キーワード | がん遺伝子 / レトロウイルス / 挿入変異 / 疾患モデルマウス / がん分子標的 / エピジェネティクス |
研究実績の概要 |
ウイルス感染発がんモデルマウスを用いて,腫瘍の発症や悪性進展に関与する遺伝子群の探索を進め,ヒストンのメチル化修飾を担う酵素群の遺伝子を同定してきた。 PRC2は,ヒストンH3の27番目のLys(H3K27)のメチル化を担う酵素複合体であり,EZH2, SUZ12,EED,RBBP4/7のコア要素から構成される。私たちは,H3K27me3修飾を認識するEEDと,PRC2複合体をクロマチンにリクルートするアクセサリー因子JARID2が,がん細胞の上皮間葉転換(EMT)に重要な役割を果たすことを示してきた。これらの因子は,TGF-beta刺激によるEMTプロセスで顕著に発現誘導され,その発現を抑制すると,EMTの進行がブロックされた。この原因は,H3K27のメチル化制御の異常により,上皮系マーカー遺伝子の発現抑制が阻害されたためであり,PRC2の機能が,EMT誘導遺伝子発現プログラムに重要であることが示された。また,JARID2の強制発現のみでは,PRC2の標的遺伝子へのリクルートやEMTを誘導しないことから,TGF-beta刺激で誘導される何らかの因子がPRC2の機能に必要なことが示唆された。最近,この因子の有力な候補として,EMTに伴って発現誘導される長鎖非コードRNAであるMEG3を同定した。MEG3のノックダウンにより,TGF-beta誘導EMTはブロックされ,MEG3の大量発現により,PRC2の活性化と上皮系マーカー遺伝子の発現抑制が誘導されることがわかった。また,MEG3はJARID2と結合すること,それによってJARID2とEZH2の相互作用を増強すること,さらに標的遺伝子の発現制御領域へのPRC2酵素複合体の相互作用を増強することが示された。これらの結果は,EMTのエピジェネティック制御において,長鎖非コードRNAが中心的な役割を担うことを示すものである。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
がん細胞の運動・浸潤、上皮・間葉転換(EMT)、薬剤耐性、低酸素応答などは、がんの悪性化や難治性の本態であり、これらを理解し、これらを制御するがんの治療法の開発は極めて重要である。ウイルス挿入変異の標的として同定したヒストンのメチル化酵素と脱メチル化酵素について、乳がん、肺がん、大腸がんなどさまざまながん細胞株を用いて発現解析を行なった結果、次のような新しい知見が得られつつある。1)がん細胞の運動能・浸潤能に影響を与える2種類の酵素および、EMTに影響を与える3種類の酵素を同定した。2)肺がん細胞株の抗がん剤に対する薬剤耐性に関して、3種類の酵素の発現が、耐性獲得と関係することを見いだした。3)がん細胞の低酸素刺激に応答して顕著に発現が変化するJMJD5酵素が、がんの悪性度やスフィア形成能に関与することを見いだした。このように、がんの悪性進展の様々なステップにおいて、ヒストンのメチル化修飾を介するエピジェネティック制御の異常が密接に関係することが明らかになりつつある。
|
今後の研究の推進方策 |
エピジェネティック制御は、様々な生物学的現象に重要であり、その破綻は、疾患の発症と密接に関係する。本課題は、がん細胞の運動・浸潤、転移、EMT、薬剤耐性、低酸素応答など悪性進展の素過程にフォーカスし、ヒストンのメチル化制御の新しい役割を解析するものであり、独自の結果や未発表データが現在、複数得られている。また、ヒストンのメチル化制御と、microRNA、長鎖非コードRNA、DNA脱メチル化関連酵素との関係性を調べることによって、エピジェネティック制御因子間での新しい相互作用の解明にも貢献が期待される。さらに、DNAのメチル化やヒストンのアセチル化を標的とする既存の抗がん剤に加えて、ヒストンのメチル化制御を標的とする次世代のがんエピジェネティック治療薬の開発に対しても、多くの有用な知見を提供することを目指している。
|