ウイルス感染発がんモデルマウスを用いて,腫瘍の発症や悪性進展に関与する遺伝子群の探索を進め,ヒストンのメチル化修飾を担う酵素群の遺伝子を同定した。これまでの解析から,これらの因子は,がん悪性進展の様々な局面(細胞の運動・浸潤,上皮間葉転換(EMT),薬剤耐性獲得,幹細胞性維持,低酸素応答など)において重要な役割を果たすことがわかってきた。酵素によるエピジェネティック制御の解析は,悪性進展の分子メカニズム,特に可逆的な性質を持つステップを理解し,それを標的とする新規治療法の開発に貢献できると期待される。 これまでに,ヒストンH3の27番目のLys (H3K27)のメチル化を制御する酵素複合体PRC2と脱メチル化酵素KDM6Aが,EMT関連遺伝子の発現をエピジェネティックに調節し,EMTの進行を制御することを明らかにした。また,PRC2酵素複合体の標的遺伝子座位への結合を調節する長鎖非コードRNA(lncRNA)MEG3を発見し,腫瘍悪性進展過程におけるlncRNAの新しい役割を証明した。さらに,H3K36メチル化酵素DOT1Lが代謝酵素BCAT1の発現を介してがん細胞の運動・浸潤能を制御すること,JMJD5酵素がp53がん抑制遺伝子産物に相互作用する新規p53調節因子であることを見いだした。特にlncRNAは,近年様々な生命現象においてその役割が注目されている新しい機能性分子である。悪性腫瘍においても発現異常が頻繁に報告されているが,その機能はまだ不明な点が多い。本研究を契機として,lncRNAの悪性進展過程における機能を詳細に解明することによって,次世代のがん治療標的としての可能性を開拓することができる。
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