研究課題
腎癌の中でも最も多い腎淡明細胞癌(clear cell renal cell carcinoma: ccRCC)には、予後が比較的良好な低悪性度ccRCCと、予後不良とされている高悪性度ccRCCに分けることができる。これらのゲノム(染色体)の異常を比較し、高悪性度ccRCCにだけ特異的にみられるゲノムの異常を解析したところ、低悪性度ccRCCと比べると高悪性度ccRCCでは14番染色体の欠失が有意に高頻度に見られることがわかった。14番染色体の欠失により発現が低下する遺伝子のうち、SAV1遺伝子が、腎癌細胞を使った実験で細胞の増殖に関わっていることがわかった。また腎癌症例を調べると、高悪性度ccRCCでSAV1遺伝子の働き(発現)が抑制されていることがわかった。これらのことから、14番染色体が欠失し、そこに存在しているSAV1遺伝子の発現が低下することが腎癌の悪性化をもたらす原因の一つと考えられた。SAV1は腫瘍抑制に働くHippoパスウェイの主要因子であることが知られている。そこで、SAV1が実際に腎癌の悪性化にどのように関わっているかを調べる目的で、マウスにSAV1遺伝子を腎臓でのみ働かないようにするノックアウトマウスを作成し、個体レベルでの機能解析を行う。また腎癌モデルマウス作製をめざすことも目的とする。これらを調べることにより、高悪性度ccRCCになるメカニズムを解明し、予後不良な腎癌の治療方法を開発することができる。また腎癌モデルマウスが作製されると、治療効果の検証などを行うことが可能になるという点で重要な研究である。
2: おおむね順調に進展している
平成27年度に、SAV1遺伝子第3エクソンを消失させるようにその両端にloxP配列もつ遺伝子を導入したES細胞をもとにSAV1ノックアウトマウスを作製した。このマウスを、腎尿細管特異的遺伝子プロモーターにCre(loxP配列に働き、遺伝子を切り取ることができる)を持つトランスジェニックマウスと交配させ、尿細管特異的にSAV1を欠失したコンディショナルノックアウトマウスを作製した。そこで平成28年度には、SAV1片アレル欠失(ヘテロ)と両アレル欠失(ホモ)マウスについて、腎組織の形態変化、Hippoシグナル分子の活性化状態を示すYAP1の細胞内局在などを解析した。まず、生後6か月、12か月、18か月後腎組織を採取し、嚢胞あるいは充実性細胞増生、異型の有無を観察した。すると、生後6か月の時点からSAV1両アレル欠失(ホモ)マウスに特異的に尿細管上皮細胞の細胞数の増加・重層化・核の大型化を認めた。加えて、糸球体嚢胞や尿細管嚢胞の形成が認められ、加齢とともに数は増加した。また間質の慢性炎症所見の増悪を認めた。増殖マーカーKi-67を用いた免疫組織学的解析では、Ki67陽性の尿細管上皮細胞の数はコントロールマウスに比べ有意に増加し増殖能の亢進を認めた。一方、SAV1片アレル欠失(ヘテロ)の腎では明らかな組織学的所見は認められなかった。次に、腎尿細管の各構成細胞に反応する抗体を用いて免疫組織学的あるいは蛍光免疫組織学的に詳細に解析した。またYAP1の細胞内局在を蛍光免疫組織学的に解析した。するとSAV1両アレル欠失(ホモ)マウスでは加齢とともに近位尿細管数が減少し、腎尿細管上皮細胞でのYAP1の核内移行がみられた。以上のことからSAV1遺伝子は腎臓の尿細管上皮の核の大きさを制御し、ネフロン構造の維持に重要な生理機能を果たしていることを明らかにすることができた。
平成29年度には、既に作成済みのVHLコンディショナルノックアウトマウスと平成28年度に作製したSAVコンディショナルノックアウトマウスとの交配を行う。これにより作製されると想定される①SAV1ホモ/VHLホモ、②SAV1ホモ/VHLヘテロ、③SAV1ヘテロ/VHLホモ、④SAV1ヘテロ/VHLヘテロの4種類のダブルノックアウトマウスについて、腎組織の形態変化、Hippoシグナル分子の活性化状態を同様に解析する。必要に応じて、さらにプロモーターを変更したコンディショナルノックアウトマウスの作製を試みる。また、それぞれのノックアウトマウスの腎組織の一部を凍結保存し、クリオスタットを用いて薄切後RNAを抽出する。バイオアナライザー(Agilent社)によりRNAの質を確認後、DNAマイクロアレイ(Agilent社)によりトランスクリプトーム解析を行う。これにより、コントロールマウスと比較して有意に発現変動を認める遺伝子を抽出する。抽出された遺伝子を IPA(Ingenuity Pathway Analysis) を用いてパスウェイ解析し、遺伝子発現変動により有意に変化するパスウェイの同定をおこなう。これにより、これまでの研究からTGFβパスウェイがSAV1によって抑制されていることを見出したが、ノックアウトマウスではどうかを検証する。TGFβパスウェイに変化が見られれば、TGFβの発現、リン酸化SMADの発現を免疫組織学的に解析する。以上により、SAV1が腎癌の悪性化にどのように関わるかを、VHLとの関連、Hippoパスウェイや他のパスウェイへの影響などさらに解析をすすめていく。
平成28年度には、ノックアウトマウスの繁殖数が予想より少なかったため、PCR,マウス等物品費に係る予算が当初計画より少なかった。また旅費も当初計画より少なかった。
平成29年度には解析すべきマウスもそろってくる予定であり、物品費は使用できる。また結果の報告や資料収集のための旅費も平成29年度に使用できる。
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The Journal of Pathology
巻: 239(1) ページ: 97-108
10.1002/path.4706