研究課題
放射線晩発影響である固形がんリスク亢進の分子機構の詳細な解明のためには被爆者腫瘍の新鮮凍結試料の活用が重要である。我々は被爆・病理診断情報とリンクした新鮮凍結生体試料の収集を行っている。さらに、核酸抽出試料を用い、固形がん発生の背景因子としてのGINを評価する目的で、被爆者腫瘍部と周囲の正常部組織DNAを用いたmicroarray comparative genomic hybridization (aCGH)法による網羅的解析を行っている。2008年4月から2016年12月末までに654 症例(616 名)の被爆者新鮮凍結腫瘍組織を収集した。2016年3月から2017年2月まででは、60検体(55名)が新たに1年間で収集・保存された。核酸を抽出・分注保存済みの主な臓器の症例数(割合)は、肺118例(89.4%)、結腸91例(94.8%)、肝臓64例(88.9%)、胃55例(83.3%)、直腸29例(90.6%)、甲状腺40例(74.1%)、胆嚢6例(25.0%)、乳腺70例(44.4%)である。肺、結腸、肝臓、胃、直腸に関しては、ほぼ8~9割前後で、核酸の抽出が完了した。また、収集試料のRNAの品質を評価し、品質に影響する因子を明らかにするために、抽出前組織凍結保存期間や抽出核酸量との関係を臓器別に解析し、バイオバンクにおけるRNAの品質は、試料の凍結保存期間、核酸抽出量、臓器、腫瘍部または正常部の違いの影響を受けることが示された。本バンク試料を用いて被爆者肺腺癌の腫瘍部と正常部で、aCGH解析を行い、被爆距離が近距離群(≦2km)の方が、遠距離群よりも腫瘍部のコピー数の変化領域(gainとloss)の割合が多かった。さらに興味深いことに、肺の正常部で比較すると、近距離群で共通してgainを示す領域(chr7 q21.13: CFAP69など)があることが判明した。
2: おおむね順調に進展している
長崎原爆被爆者腫瘍バンクの新鮮凍結試料の収集は、昨年と変わらず、順調に遂行されている。新鮮凍結試料からの核酸抽出、分注・保存、クオリティーチェックも並行して随時行われ、654例中、473例(72.3%)の核酸を抽出・分注保存済みである。さらに、aCGH解析も、被爆者肺癌症例を用い行い、近距離群と遠距離群で腫瘍部のみならず、正常部でも違いがある可能性を見出しつつある。さらに、本バンクは様々な臓器の固形がんとその周囲正常部の核酸と凍結組織を対象としていて、分子異常の網羅的解析に耐えうる高品質の核酸の抽出・保存と品質管理が重要となるが、今回、収集試料のRNAの品質を評価し、品質に影響する因子を明らかにすることを目的に、抽出前組織凍結保存期間や抽出核酸量との関係を臓器別に解析した。胃がん44例、肝がん111例、肺がん164例(いずれも正常部と腫瘍部を合わせた検体数)の凍結組織から抽出したRNAを対象とし、分解の程度の指標であるRNA integrity number(RIN)値と、保存期間や核酸抽出量との関係をピアソンの相関係数を用いたt検定により統計学的に解析した。胃がん腫瘍部と正常部、肝がん正常部、肺がん腫瘍部と正常部ではRIN値と保存期間との間に有意な負の相関を認めたが、肝がん腫瘍部では保存期間の有意な影響は確認できなかった。胃がん腫瘍部、肝がん腫瘍部、肺がん腫瘍部と正常部ではRIN値と抽出核酸量との間に有意の正の相関を認めた。さらに、いずれの臓器も腫瘍部と正常部のRIN値の間に有意な正の相関を認め、胃がんでは保存期間に関わらず正常部のRIN値は腫瘍部よりも有意に低値であった。核酸抽出量は肝臓や腫瘍部といった細胞密度の高い組織で多く、RIN値も高値となるが、胃では試料採取後の自己融解による変性がRIN値の低下に関連するものと思われる。本内容を現在論文作成中である。
これまで行ってきた新鮮試料収集、核酸抽出、分注・保存、品質管理を継続して行う。採取量が多いものもあり、核酸抽出と分注・保存に時間がかかっているが、少なくとも各症例DNA/RNA 1本ずつは抽出を完了しようと現在随時、作業中である。aCGH解析に関しては、肺の腺癌がほぼ終了し、現在甲状腺癌の腫瘍部、正常部での解析に移行中である。その後、乳腺腫瘍部における解析を行う予定である。肺の正常部で見出された正常部でのコピー数の近距離群の共通した変化が、他の臓器でもあるのかどうか、確認する予定である。
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