RasはMAP キナーゼ経路のみならず、PI3キナーゼ経路やRalGEF経路などの他のシグナル伝達経路にもシグナルを伝達する。本研究では、特定の下流シグナル経路のみを活性化するRasエフェクター変異体をケラチノサイト特異的に発現する遺伝子導入マウスにおいて、Ras変異体の種類に特徴的な表皮形成での表現型異常が認められる点に着目し、表皮の発生・分化、癌化におけるRas下流シグナル経路の機能分担や意義を明らかにすることを目的とした。 MAPキナーゼ経路を特異的に活性化するH-Rasエフェクター変異体(T35S)を表皮ケラチノサイト特異的に過剰発現する遺伝子導入マウス(CGHT35S;K14Creマウス)は、生育可能だが、表皮ケラチノサイトの分化抑制傾向と細胞増殖亢進を特徴とした異常を呈する。そこで、この異常を指標にし、表皮ケラチノサイトにおいてRasにより引き起こされるがん化シグナルを調節する分子を探索した。 ヒストンや転写因子などのリシン残基をアセチル化することでクロマチン構造の弛緩や転写活性化に寄与するCBP/p300は、細胞増殖においてRas/MAPキナーゼ下流転写制御因子のコファクターとして機能することが知られている。CGHT35S;K14Creマウスと、CBP/p300コンディショナルノックアウトマウスを交配し、CBP/p300の発現量を減少させると、予想に反してCGHT35S;K14Creマウスの表皮で見られた異常がさらに顕著になり、皮膚乳頭腫様病変の形成を促進した。分子レベルでは、CBP/p300の発現量減少によってEGFR-Ras- Erkシグナリングの亢進が引き起こされていた。平成30年度は、分子レベルでの解析に加え、以上の結果を論文としてまとめた。
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