免疫系の本質的な特徴は、選択的増殖と多様性の維持という2つの状態のバランスを保つという点にある。病原性微生物に感染した場合には、微生物の増殖速度を上回るほど迅速かつ強力な応答を発揮する。一方で、自己抗原や花粉・食物などの無害な抗原に対しては長期間暴露され続けるにも関わらず応答しない状態を維持する。免疫寛容と呼ばれる免疫系の不応答性には、制御性T細胞と呼ばれる免疫抑制活性を有するリンパ球分画が必須の役割を担っている。制御性T細胞による免疫抑制機構は、癌治療における免疫チェックポイント阻害剤の標的となりうることから、近年益々注目されている。本研究では、自己抗原に応答性する制御性T細胞が安定的に免疫寛容を維持するためには、免疫応答におけるどのような過程に影響することが重要であるかを、T細胞免疫応答のシミュレーションと数理モデルの計算から明らかにした。その結果は、制御性T細胞が単に周囲のT細胞の分裂確率を低下させるだけでは、安定な免疫寛容維持には不十分であることを示していた。T細胞と抗原提示細胞の相互作用を増強させることが、状態を安定化させるためには重要であり、免疫寛容を安定に維持するためにも必須であることが理論研究から明らかとなった。更に、この理論予測に基づいて、免疫応答を増強することが可能であることを、糖尿病モデルマウスや同種抗原に対するT細胞増殖応答測定により示すことができた。状態の変化と安定性に着目した生命現象の理解は、Waddigtonの地形的見取り図モデルに象徴されるように細胞分化の分野では注目されている。本研究は、免疫制御の機構における地形的見取り図モデルを提唱するものであり、免疫チェックポイントの理解にも直結している。高額な免疫チェックポイント阻害薬が有効性を発揮する機構を理解することは、有効な新薬・併用療法を予測し開発する上でも有用であると期待される。
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