日本の非正規雇用者の割合は、欧米諸国と同様に増加している。2016年現在、パート、アルバイト、派遣社員、契約社員、嘱託といった非正規雇用者は雇用者全体の約4割を占める。雇用の不安定性や低所得など、非正規雇用に伴うさまざまな社会的不利および格差の集積によって、健康障害が引き起こされることが国内外で報告されている。一方で、正規雇用と非正規雇用の間で健康に差はないとする報告や、正規雇用者の健康の方が悪いとする報告も散見される。研究成果が必ずしも一致しない要因の一つとして、国によって社会・文化・制度的背景が異なることが考えられる。そこで、(1)非正規雇用の健康影響に関する文献調査や有識者へのインタビュー調査を行い、各国の非正規雇用を取り巻く社会・文化・制度的特徴を整理することと、(2)縦断調査の比較分析を行い、社会・文化・制度的背景によって非正規雇用の健康影響が異なるかどうかを検証することを目的とした。 その結果、社会保障の手厚いスカンジナビア諸国では、非正規雇用の健康影響が比較的小さい傾向が見られた。一方、東アジア諸国は社会保障を家族と企業に依存しており、頼る家族がいない場合に非正規雇用の健康影響が大きくなる傾向が見られた。また、縦断調査から、日本のように性別役割分担意識が強く、男女格差が大きい国では、男性は雇用が不安定になるとメンタルヘルスが悪くなり、女性は逆に雇用が安定するとメンタルヘルスが悪くなることが明らかとなった。わが国における非正規雇用への社会政策に求められる要件の一つは「男女格差の解消」であると考えられた。
|