研究課題
悪性中皮腫(MM)では9p領域のMTAP遺伝子欠損症例がある。血液腫瘍ではこの欠損にMTXが有効と報告されたが、MM細胞では同様の効果が確認できなかったため、治療ターゲットを見つける目的でMMのゲノム特異性を解析した。我々はすでに3p21領域のBAP1遺伝子の両アレル不活化と、この領域の再配列をMMで高頻度に見出していたため、3p21領域に注目した。また我々が解析した本邦症例でのBAP1変異頻度は海外の報告よりも高いため、本邦・米国症例を併せ33例の生検材料を解析した。方法として、アレイCGHと次世代シークエンサー(NGS)解析を用いた。まず、3p21の10.7Mb領域の高密度カスタムアレイCGHを行ない、この領域にある251遺伝子のうち46遺伝子に両アレル欠損を見出した。これらはBAP1周囲のクラスター1、SETD2周囲のクラスター2に集中した。46遺伝子のうちで腫瘍関連のSETD2、BAP1、PBRM1、SMARCC1は、さらにNGSで解析した。その結果、33例中27例、82%に2つのクラスターのいずれかに両・片アレル欠損、もしくは上記4遺伝子のいずれかに両・片アレル変異を見出した。まとめると、BAP1で48%、SETD2で27%、PBRM1で15%、SMARCC1で6%の症例で両アレルが不活化しており、両アレル変異頻度は従来の欧米の報告よりも高いことが確認できた。さらにゲノム不安定をきたすことで有名なp53遺伝子を検索し、1アレル欠損等を含め約20%に変異が見出され、詳細を検討中である。以上より、MMでは、BAP1、p53等の複数の遺伝子の不活化がゲノム不安定性に寄与していると推測された。今回の結果は直接の治療ターゲットを示すには至らないが、MMの診断確定のための免疫染色等に有効な情報を提供することから、早期の診断・治療には有効な情報となると考えられる。
3: やや遅れている
3p21ゲノムのMM特異性を明らかにしたという点では順調である。この結果から、診断については有効な情報が得られたと考えられるが、治療のターゲットとしてこれらを対象とできるかどうかについては、まだ検討ができていない。今年度に予定した、3p21のゲノム不安定性が認められない症例と不安定性の高い症例の2群比較であるが、前者が症例の1/5程度と少数であることが今年度の結果から判明したため、2群で比較することが困難であるとの結論も得られた。
BAP1は、BRCA1に結合するドメインを持つことから発見された因子であり、MMでBAP1不活化がゲノム不安定性に関わる可能性が十分に考えられる。BRCA1/2変異を生殖細胞系列に持つ患者の乳がん・卵巣がんには、PARP阻害剤の使用が考慮されていることから、BAP1欠損がBRCA1遺伝子機能にどのように影響するかを検索することが重要となる。BAP1で変異タンパクができる場合には、そのドメインの役割をデータベース・文献で検索する。他施設からの2016年の報告でMMのゲノム構造と遺伝子発現が検討された結果、BAP1、SETD2、p53等が注目され、さらにクロマチン修飾遺伝子群の関与が認められている(Nat Genet. 2016;48(4):407-16.)。前者の結果は、我々の今回の結果と一致する。また後者の結果は我々がすでにクロマチン修飾・リモデリング遺伝子の関与を発表していること(Int J Cancer. 2015 ;136(3):560-71.)と一致する。一方でミスマッチ修復に関わるゲノム不安定性についてのPD1の役割が報告されている(N Engl J Med. 2015; 372;26, 2509-2520)。以上から、ゲノム不安定性をさらに解析することは、従来の治療に抵抗するMMの治療を考える上で重要なポイントとなると推測されるため、さらにゲノム全体の不安定性をマイクロサテライト不安定性等で検討し、ゲノム不安定性に関する基礎データを収集する。
消耗品の金額が予定よりも安価であったため。
研究補助の人件費として使用する予定。
すべて 2016
すべて 雑誌論文 (1件) (うち国際共著 1件、 査読あり 1件、 オープンアクセス 1件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (2件) (うち国際学会 1件)
Proc Natl Acad Sci U S A.
巻: 113 ページ: 13432-13437
10.1073/pnas.1612074113