研究課題/領域番号 |
15K08669
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研究機関 | 滋賀医科大学 |
研究代表者 |
小山 なつ 滋賀医科大学, 医学部, 准教授 (50135464)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 恐怖記憶消去学習 / エンリッチ環境 / 短期記憶 / 恐怖回避モデル / 慢性疼痛 |
研究実績の概要 |
痛みの慢性化に対して「恐怖回避モデル」が注目されているが、そのメカニズムは明らかではない。痛みに対する強い恐怖が記憶されても、通常はさまざまな体験により新たなる記憶に塗り替えられていくが、マイナス思考や深刻な疾患の情報により、恐怖記憶が増幅される。一方、エンリッチな(刺激に富んだ)環境は、情動や学習に関与する扁桃体や海馬の神経細胞の新生が促進させるという報告があり、エンリッチ環境では新たなる記憶への塗り替えが促進される可能性も考えられる。平成27年は「マウスをエンリッチな環境で飼育すると、痛み―恐怖記憶の消去が促進される」かどうかを、行動学的に検証しようとした。 オスマウス(C57BL/6系)をエンリッチ環境で飼育する群(エンリッチ群)と通常環境環境で飼育する群(対照群)に分け、恐怖条件付け学習および、消去学習の効果を比較した。エンリッチ群のケージには回転盤付イグルーを入れ、マウスが回転盤上を走ったり、ドーム型の隠れ家に入って遊んだりする。恐怖記憶の行動学的検証として、恐怖条件付けテストを行った。フットショック(嫌悪刺激)と、チャンバー(文脈刺激)および音刺激(手がかり刺激)を組み合わせた恐怖条件付けを行った。文脈試験、および手がかり試験を行い、恐怖条件付けの短期記憶および長期記憶を不動時間で評価した後に、消去学習を行い、恐怖記憶の保持を解析した。 条件付け1時間後の短期記憶の解析では、エンリッチ群の不動時間が有意に延長していたにもかかわらず、消去学習後の不動時間はエンリッチ群と対照群で有意差が消失した。条件付け3週間後の長期記憶の解析では、エンリッチ群と対照群の不動時間には有意差が認められず、消去学習後の不動時間も有意差が認められなかった。したがってエンリッチ群では条件付け学習と恐怖消去学習の両方において学習効果が勝っていると示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
平成27年の当初の予定は、条件付け学習後の恐怖記憶の自然消去の解析であった。エンリッチメントの開始日や期間を変えても、条件付け1日後、1週間後、3週間後の不動時間はエンリッチ群と対照群で有意差が認められなかった。そこで平成28年の予定を前倒しにして、消去学習による恐怖記憶の変化を解析した。条件付け1時間後に短期記憶を解析すると、文脈テストではエンリッチ群で不動時間が長い傾向であったが、統計的有意差は認められなかった。手がかり学習でのエンリッチ群の不動時間は、対照群と比較して有意な延長が認められ、エンリッチ群で条件付け学習効果が高いと示唆された。3日間の消去学習後には、文脈テストと手がかりテストの両方において、不動時間の差が認められなかった。しかし条件付け学習後の分散は対照群で大きく、消去学習後の分散はエンリッチ群で大きかったので、現段階ではエンリッチ群の条件付け学習だけでなく、消去学習の学習効果が高いとは結論づけることができない。さらに恐怖条件付けプロトコールなどの条件検討が必要であり、個体数の追加も必要であり、扁桃体や海馬における神経新生の解析は進んでいない。
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今後の研究の推進方策 |
平成28年も引き続き、恐怖条件付け学習と消去学習の効果を調べる実験を行う。平成27年でのエンリッチ群のケージには、回転盤とドーム型の隠れ家の両方を設置したが、運動を促進させるための回転盤のみの群や、刺激が多い隠れ家のみの群においても、エンリッチ群と同様の学習効果があるかを解析する。また、これまでにわれわれは、母子分離マウスにおいても恐怖条件付けの実験を行ってきた。エンリッチ環境だけでなく、母子分離においても扁桃体や海馬の神経細胞の新生が促進される可能性があるにもかかわらず、恐怖条件付け後の不動化時間はエンリッチ群では延長したのに対し、母子分離群では減少傾向である。母子分離群に対するエンリッチの効果を解析すると共に、母子分離群とエンリッチ群における神経新生における違いについても解析する。
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