研究課題/領域番号 |
15K08870
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研究機関 | 滋賀医科大学 |
研究代表者 |
一杉 正仁 滋賀医科大学, 医学部, 教授 (90328352)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 交通外傷 / シートベルト / 自動車後席 / 妊婦 / 高齢者 |
研究実績の概要 |
昨年度、妊娠後期の妊婦がセダン型普通乗用車の後席に着座した際、シートベルトが頸部に接触する現象が確認できた。シートベルトが頸部に接触した妊婦の特徴として平均身長が有意に低い(152.3±3.0)ことがわかった。このような状態で交通事故に遭遇した際に損傷が惹起されるか調べるべく、自動車衝突試験用ダミーを用いたスレッド試験を行った。使用したダミーは、妊娠30週の妊婦を模擬した、Maternal Anthropometric Measurement Apparatus, version 2B は規定の自動車の安全法規適合試験に用いられるダミーを妊婦用に改良したもので、小柄な成人女性(身長約154cm)を基本体格としており、平均身長が低い妊婦を良く再現する。中型乗用車の右後部座席を模擬したシートにMAMA-2Bを着座させ、プリテンショナーとフォースリミッターの機能がないシートベルトを装着、HYGEスレッド試験機にて、低速(29km/h)と高速(48km/h)を目標速度としてスレッド試験を行い、前面衝突時の乗員挙動を再現した。ダミーの各部における傷害値を計測し、妊婦ダミーにおいても明らかにシートベルト(肩ベルト)の位置が上方に変位しており、シートベルトは右側頸部に接触していた。スレッド試験では、低速及び高速のいずれにおいても、右胸部を通過するはずのシートベルトが上方に変位していることで、特に右胸部に対するシートベルトの拘束機能が不十分であった。胸部の最大たわみ量は左右で大きく差が生じ、右前胸部4.1mm、左前胸部38.3mmであった。右上半身が前方へ回転する一方で、右側頸部にシートベルトが接触していることで、頭頸部が左方へ変位、胸部と頭頸部との間で逆方向の移動が認められた。胸部は右に、頭頸部は左に移動した。特に高速の試験では、左右方向の頭部と胸部の移動量の相対差は42mmであった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
わが国では道路交通法によって自動車後席乗員のシートベルト着用が義務付けられている。しかし、一部の乗員に対しては必わが国では道路交通法によって自動車後席乗員のシートベルト着用が義務付けられている。しかし、一部の乗員に対しては必ずしもシートベルトが正常な位置にフィットしないという声があった。昨年の検討では、身長が低い妊婦でシートベルトが頸部に接触するという現象が確認できたが、今回の検討では同様体格の自動車衝突試験用ダミーにおいても、その現象が再現できた。さらに前面衝突を模擬したスレッド試験では、これまで検討されていなかった衝突時の挙動が明らかになり、新たな知見を得た。すなわち、シートベルトが適正な位置に装着されていない後席自動車乗員妊婦が交通事故に遭遇した際に、どのような損傷を負うかが科学的に推定できるようになった。救急医療や外傷学に有用な知見が得られたとともに、今後の自動車乗員安全装置を発展させていくうえでの有益なデータが得られたと考える。
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今後の研究の推進方策 |
身長の低い妊婦が自動車の後席に乗車した際に、腰ベルトが正しい位置に装着されていても、肩ベルトの走行が変位して頸部に接触した。そして、この状態で交通事故に遭遇した際に、片側の胸部の拘束が不十分であること、頸部が圧迫されること、それによって頭頸部と胸部との間に移動量の差が生じることがわかった。このような現象が、実際にどのような損傷につながるか、自動車衝突試験で規定されている乗員に対する許容傷害値と比較したうえで検討していきたい。さらに、この状況に陥る可能性があるのは、身長の低い妊婦だけでなく、身長の低い肥満者や、脊椎の後彎がある高齢者なども考えられる。したがって、これらの乗員に対して生じえる損傷を予防するために、どのような装置が必要か、また現存の安全装置にどのような改良が必要かを具体的に検討していきたい。
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