胃内容物の食道への逆流による慢性炎症は、バレット食道を発生させ食道腺癌の発生母地となる。慢性炎症による発癌に細菌叢が関与していることや、逆流性食道炎やバレット食道患者では正常と比して食道細菌叢が変化していることが報告されているが、細菌叢が食道腺癌の発癌へ及ぼす影響についてはほとんど解明されていない。本研究では、ラットモデルを用いて食道細菌叢の食道腺癌発癌への影響を検討した。7週齢の雄性Wistarラットに食道空腸吻合を行い、慢性的に胃十二指腸液が食道へ逆流する食道腺癌発生モデルを作成し、術後21週に通常の飲水を継続するコントロール群 (n = 21)と抗生物質を含む水を自由飲水する抗生物質群 (n = 22)に分け、術後40週に屠殺し、バレット食道および食道腺癌の発生率を組織学的に検討した。吻合部付近の食道よりDNAを抽出し、T-RFLP (Terminal Restriction Fragment Length Polymorphism Analysis)法を用いて細菌叢の解析を行った。その結果、バレット食道は全個体に発生していたが、食道腺癌の発生率は両群で有意差を認めなかった(コントロール群 89%、抗生物質群 71%、P = 0.365)。T-RFLP解析では両群で食道細菌叢は異なっており、抗生物質群でLactobacillalesの割合が減少しClostridium cluster XIVaおよびXVIIIの割合が増加していた。以上より、抗生物質による食道細菌叢の変化は食道腺癌の発生に影響を及ぼさないことが示唆された。したがって、本研究は、食道腺癌の発生には細菌叢が関与していない可能性を示したものである。本邦では胃食道逆流症患者の増加に伴い食道腺癌の増加が懸念されているが、その複雑な発癌メカニズムの解明の一端に寄与したものと考えられる。
|