研究実績の概要 |
従来、哺乳類の成体心筋細胞は分裂しないと考えられてきたが、僅かにターンオーバー(新陳代謝)することが実証され、その主な起源(細胞種)・機序として、既存の心筋細胞の分裂が注目されている。臓器や器官の「適切な大きさ(増殖速度)」を決めるHippo-YAP経路が、この心筋細胞の増殖にも関与することが示唆されているが、その制御機構やHippo経路の最終的なエフェクター(転写補因子)であるYAPやTAZの標的因子は十分に検討されておらず、またその制御方法も不明である。本課題では、成体心筋細胞の増殖能を制御し得るシグナル伝達系としてHippo-YAP経路に着目し、これを制御し心筋細胞の分裂を促進する薬剤の創出を試みた。 約20,000種類の未知化合物ライブラリーから、上皮細胞でのYAP, TAZ活性化を指標に1次スクリーニングを施行し、次に、ラット新生児心筋細胞の増殖能に与える効果について、DNA合成(EdU取り込み)、核分裂(pH3染色)、細胞質分裂(Aurora B染色)を指標に2次スクリーニングを行った。最も活性が高かった化合物について、26種類の側鎖・構造改変を実施しその活性中心構造を同定し、さらに毒性が低く、心筋細胞での効果選択性が極めて高く、生体内安定性にも考慮したフッ素化化合物TT-10を創出できた。インビトロの検討で、化合物TT-10の薬剤効果は、Wnt経路活性化やNRF2酸化ストレス応答系の活性化にも部分的に依存することが判明した。 マウス心筋梗塞モデルへの腹腔内投与実験を実施したところ、実際に既存の心筋細胞の増殖が増幅されており、線維化の軽減とともに心機能が改善した。今後は各種の臨床応用を念頭に、iPS細胞由来の心筋細胞での増殖効果や、iPS心筋誘導や増殖増幅過程、電気生理学的特性に与える影響などについても検証する予定である。
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