研究課題
がん細胞は、周囲からの物理的な力に対して特異的な反応を有することが予想される。それの特性を解明して、癌細胞特異的な治療法を見いだすことを研究の目的としている。がん細胞を培養表面の弾性を低下させて条件(0.5 kPa, 2 kPa)で培養すると、多くのがん細胞では細胞増殖が抑制されたが、肺癌細胞H460と中皮種細胞MESO1においては、増殖の抑制効果が減弱することが判明した。肺正常上皮細胞を不死化した細胞株HVEC、それにKRASを導入して悪性度と高めた細胞株においても、低い弾性で増殖が可能であった。このことは、当初は癌の進展、悪性化の進行にともない、低い弾性条件において増殖が可能になることを予想していいたが、一部の癌においては、低い弾性条件において、正常上皮細胞よりも強く増殖が抑制されることが判明した。このことは、一部の肺癌細胞株の増殖には、基質の硬さ、おそらくがん細胞及び間質性細胞による細胞外マトリックスの硬さが、癌細胞の増殖に必須であることが示唆された。さらに、本年度は、腫瘍免疫で注目されている腫瘍細胞におけるPDL1分子の発現が基質の硬度により、発現が低下することを見出した。PDL1の発現は、インターフェロンγなどの種々のサイトカイン、oncogene signal などで複雑に制御されることが知られているが、細胞環境すなわち基質の硬度によっても制御される可能性を見出した。肺癌治療において、PD1抗体療法は既に、臨床の場において使用されているので、肺癌細胞の周囲の基質の硬度により、増殖のみならず、腫瘍免疫の反応性が制御される可能性があり、細胞による反応性に違い、そのメカニズムを検討していく予定である。
2: おおむね順調に進展している
この研究の目的は、肺癌細胞株に生じるメカニカルストレスの反応性を解明して、治療標的を検索するものである。当初は、悪性度の進行に伴い、メカニカルストレス(低硬度基質、進展刺激)のもとで細胞増殖が、正常上皮と比して変化することが予測していたが、正常細胞に比して、強く増殖が抑制される細胞株と抑制されない細胞株が存在することが判明した。現在 基質の硬度における細胞内伝達経路の変化を検討しており、Rho系の信号が制御しているかを、種々の阻害剤を用いて検討中である。肺細胞に進展刺激を生じると、ATPの細胞外への放出が増加することをすでに報告しているが、肺癌細胞にATPを添加すると、PDL1の発現が変化する可能性を検討しているが、一部の肺癌細胞では、発現が増加する傾向があった。このように、基質の硬度の変化やメカニカルストレスに関連したATPなどにより、PDL1発現が変化することを見出しており、その制御経路を解明しつつある。メカニカルストレスが、細胞増殖のみでなく、腫瘍免疫においても重要な役割をはたしていることが示されており、そのメカニズムが解明されれば、PD1抗体療法の効果予測因子や、効果を増強する併用療法の開発につながると思われる。このように、物理的な刺激に関連した治療標的を探索中です。本研究においては、治療標的の探索という点では、メカニカルストレスとPDL1発現の関連を明らかにしつつあり、進捗していると考える。
肺癌細胞株のPDL1の発現と増殖が、基質の硬度にどの程度依存するかを多数の肺癌細胞株で検討する。PDL1の発現の変化が多い細胞株と少ない細胞株において、既知のPDL1発現に関与する細胞内情報伝達系の活性化の違いを、リン酸化抗体を用いたウエススタンブロット法などで検討する。また、種々の阻害剤を用いて、基質の硬度が、どの経路でPDL1の発現を制御して、その抑制もしくは増強が可能かどうかを検討する。またマクロアレイを用いて、mRNAの発現の違いにより、メカニズムを検討する。さらに基質の硬度の違いで、細胞からのサイトカインなどの分泌が変化して、オートクラインとして、PDL1の発現や細胞増殖に影響を与えている可能性があるので、これを検討する。基質の硬度が、どのようなメカニズムで、PDL1の発現を制御するか、種々の阻害剤、siRNAを用いて検討する。細胞の増殖に関しては、一般に正常上皮細胞に比して、がん細胞は、足場非依存状態においても、生存、発育が可能であるといわれているが、一部のがん細胞は、基質の硬度が低下すると著しく増殖が阻害される。これは、がん細胞が何らかなメカニズムで、基質の硬さを認識して、低硬度になると増殖が抑制されることが推測される。周囲の組織の硬さを感知するものの一つにインテグリンがあり、硬さを感知して、Rho/Rockが活性化されるという報告があり、これの伝達系を中心に検討をおこなう予定である。網羅的な解析方法として、マイクロアレイを用いた解析も検討している。ATP刺激によるPDL1発現も、基質と同様な方法を用いて、そのメカニズムを解明する予定である。
当初の計画では、がん細胞の悪性度の増加により、低い弾性の基質においても、より増殖が可能になるという仮説もとに、実験を試行したが、増殖能は、細胞毎の違いがあり、特に悪性度とは無関係であった。そのために、当初の計画では、検討予定ではなかった。腫瘍免疫の関連分子を検討し始めたため、当初の予定とは、違う使用額となった。
有力な候補分子として、PDL1を見出したので、その解析を進める予定である。
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Cancer Sci.
巻: 印刷中 ページ: 印刷中
10.1111/cas.13185.
Anticancer Res.
巻: 36(4) ページ: 1767-71