肥満は2型糖尿病や非アルコール性脂肪性肝疾患/肝炎(NAFLD/NASH)などの代謝疾患を誘発するが、有効な治療法は存在せず、新しい治療概念の創出が必要である。近年、代謝機能の最適化には、脳を含めた全身の臓器間ネットワークが介在しており、その基盤として生体リズムの維持の重要性が指摘されている。そこで本研究では、睡眠・覚醒やエネルギーバランスの日周変動調節に関わる視床下部オレキシン神経系に着目し、肥満や2型糖尿病の発症の防御における役割を検討した。内因性オレキシンの存在意義を明らかにするため、雄性オレキシン欠損マウスに高脂肪食を負荷すると、野生型マウスに比べ、著明な体重増加や耐糖能異常を呈し、脂肪組織や肝臓における慢性炎症関連遺伝子の発現が増加した。特に、長期間の高脂肪食負荷後では、NAFLD/NASH病態様の肝線維化の進展が認められた。雌性オレキシン欠損マウスでも同様の代謝異常が生じ、卵巣を切除して女性ホルモンのエストロゲンを枯渇させるとさらに重度な肝線維化が認められた。したがって、肥満に伴う代謝異常を防御する機構においてはオレキシン系が中心的な役割を果たし、雌性ではエストロゲンがその機能を補強することが示された。また本研究では、日周性のオレキシン作用を増幅させるため、2型糖尿病db/dbマウスおよび食餌性肥満マウスに対して覚醒期にオレキシン系賦活薬、休息期にオレキシン受容体拮抗薬を投与すると肝糖産生制御の向上により糖尿病病態が改善することを見出し、インスリン抵抗性病態の時間治療の可能性を示した。以上より、視床下部オレキシン系を標的とした生体リズムの改善は、全身の臓器連関を介したエネルギー恒常性の「動的」制御を促進し、肥満に伴う糖尿病などの代謝疾患の発症や進展を防御する新規治療法の基盤となると考えられる。
|