研究課題/領域番号 |
15K09448
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研究機関 | 秋田大学 |
研究代表者 |
布村 渉 秋田大学, 工学(系)研究科(研究院), 准教授 (70256478)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | ヒト赤芽球 / CFU-E / 脱核 / 酸素濃度 / ATP / グルコース / HIF1α / 乳酸脱水素酵素 |
研究実績の概要 |
1日に約2000億個のヒト赤芽球が酸素濃度5%以下の骨髄で脱核をして赤血球に成熟するが、脱核及び脱核に至る分化の過程(終末分化)ではATPが必要である。本研究は、ヒト赤芽球のエネルギー代謝の制御機構を明らかにし、脱核のメカニズムとその生物学的意義の解明を目指している。平成27年度では、CFU-Eから脱核までの経時的な変化について以下の成果を得た。 (1)酸素濃度の影響:CFU-E(Day7)の細胞増殖性とDay13の脱核率を、酸素濃度21%と5%で比較したところ、CFU-Eの細胞増殖性に違いは認められなかったが、脱核率は5%酸素濃度条件下で培養した時に若干高かった。 (2)細胞内ATP量:単位細胞数当たりで測定したが、細胞の大きさが終末分化の過程で小さくなることから、FACSを使って相対的な大きさをの変化を数値化している。細胞内ATP量を細胞の大きさで標準化して再評価する。2’-デオキシグルコースの取込みは、Day7からDay9にかけて急激に減少したが、酸素濃度による差はなかった。グルコース輸送体(GLUT1)及び乳酸の排出・取込みを司るmonocarboxylate transporter(MCT)1 のmRNA及び蛋白質レベルは終末分化に伴って上昇を認めた。 (3)低酸素誘導因子(HIF1α):HIF1αのmRNAレベルは赤芽球の終末分化において経時的に増加したが、蛋白質レベルでは減少傾向にあった。5%酸素濃度で培養するとHIF1αの蛋白質レベルは21%酸素濃度時よりも増加した。 (4)乳酸脱水素酵素(LDH):嫌気的解糖の最終段階を担うLDHのヒト赤芽球アイソザイムは、成熟赤血球と同じであることが明らかになった。また、終末分化におけるアイソザイムパターンの変化は認められなかった。オクサメートでLDHの活性を阻害するとCFU-Eの増殖停止と脱核率の低下を認めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ヒト赤芽球のエネルギー代謝は、主に嫌気的解糖に依存している可能性を示唆する結果を得たが、以下の問題点がある。 (1)これまで得られた結果により、ヒト赤芽球の終末分化では嫌気的解糖によるATP産生が行われていると考えられが、その制御機構の解析は今後の課題である。また、酸化的リン酸化及びアミノ酸や脂質の代謝の可能性を考慮すべきであり、今後解析を要する。 (2)乳酸脱水素酵素(LDH)をオキサメートで活性阻害することにより、CFU-Eの増殖停止と脱核率の低下を明らかにしたが、細胞内ATP量の低下は顕著ではなかったことから、LDHのアイソザイムに適合した阻害剤の選択が必要であることが明らかになった。今後はスチリペントールとFX11に加え、本研究中に新奇に見い出したヒドロキシクロロキン(自己免疫疾患治療薬)のLDH活性阻害効果を検討し、細胞内ATP量との因果関係を明らかにする。 (3)嫌気的解糖によるATP合成を示唆する結果を得たことから、受託によるメタボローム解析を一時延期した。
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今後の研究の推進方策 |
(1)ヒト赤芽球の終末分化に伴う細胞容量(大きさ)の変化を明らかにし、細胞内ATP量の変化を決定する。 (2)嫌気的解糖依存性のATP合成を証明するために、ピルビン酸脱水素酵素(PDH)の発現とそのセリン300番残基のリン酸化を経時的に解析する。特異抗体を用いた免疫ブロット法により解析する。 (3)PDHリン酸化酵素(PDK)の発現及びアイソザイムを同定する。PDKには4種類のアイソザイムが報告されているが、細胞・組織より発現が異なり、また、PDKの誘導因子も異なることからこの同定は必要である。 (4)乳酸脱水素酵素(LDH)の活性阻害によるCFU-Eの増殖性と脱核率への影響を解析し、細胞内ATP量との相関性を明らかにする。ATP量はルシフェラーゼアッセイにより求める。ATP量の測定が困難な時、例えば阻害剤が測定法に影響するような場合は、阻害剤の除去を試みる。また、乳酸の排出量の測定によりLDHの活性を評価する。 (5)ヒト赤芽球において、HIF1αと解糖系及びPDK発現の因果関係を実験的に明らかにする。実際には、HIF1αの遺伝子発現抑制(siRNAの導入)を行い、細胞内ATP量とCFU-Eの増殖性及び脱核率との関係、また、解糖系関連蛋白質の発現(mRNA及び蛋白質レベル)との関連を明らかにする。より詳細な解析を行うために、ヒト赤芽球への遺伝子導入法の確立が必要である。現在、レンチウイルスを用いてCD34陽性細胞への遺伝子導入を試みている。HIF1αの発現抑制が旨く行かない時は、阻害剤(DNA結合阻害)による効果を観察する。アミノ酸代謝及び脂肪酸代謝を阻害し、細胞増殖性及び脱核率を検討する。全ての阻害薬及び遺伝子発現阻害実験において、細胞形態及びFACSを用いたGPA及びCD71の発現解析による対照実験を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初の予定であったメタボローム解析の受託費用が改定されたため、一旦中断した。嫌気解糖系を中心とした細胞内ATP量及びグルコースの取込みの解析を優先して行い、今後の進行に必要なデータを得ることとができた。平成28年度では、さらにヒト赤芽球における嫌気的解糖によるエネルギー代謝の制御分子(転写因子、関連miRNA等を含む)を同定し、それらの遺伝子発現抑制などによる機能解析を行うために予算を使用する。
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次年度使用額の使用計画 |
ヒト赤芽球への遺伝子導入による標的蛋白質の発現抑制若しくは変異体の過剰発現による代謝制御系の異常による細胞増殖(CFU-E)及び脱核率への影響を解析し、赤芽球の終末分化におけるエネルギー代謝制御機構を明らかにする。遺伝子導入には、CD34陽性細胞へウィルス系ベクター(レンチウィルス系)の他、モルフォリノアチセンスなどの導入も検討する。遺伝子導入の為の試薬類、遺伝子解析用機材の準備に当てる。
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