精巣の発生異常は、性の分化に異常を来す性分化異常症(Disorders of Sex Development:以下DSD)の原因となり、その多くはいわゆる曖昧外性器(男女の区別がつきにくい外性器)を伴うため、養育性の決定などを含め、心理学的、社会的な影響は臨床上大変深刻である。精巣発生分化異常に伴う疾患の診断、治療法の確立は最も望まれるものの一つである。 本研究では精巣発生の転写制御ネットワークにエピジェネティックな機構の関与を検討することを目的に、PAD(Peptidylarginine Deiminase)の一つであるPAD2が胎生期にセルトリ細胞特異的に発現することに注目し、検討を行った。PAD はタンパク質翻訳後修飾を行う酵素であり、アルギニンをシトルリンに置換(シトルリン化)しエピジェネティックな制御を行う可能性が示されている。 (1) セルトリ細胞のモデルであるTM3細胞を用いた強制発現系で、SOX9が正に、FOXL2が拮抗的にPadi2遺伝子の転写を制御することを示した。AMH-Cre: Sox9flox/flox マウスにおいて、Padi2の発現は著明に低下した。(2) SOX9により正に、FOXL2により負に応答するenhancer領域をreporter assayにより示した。(3)siRNAを用いPadi2をknock downし、SOX9による標的遺伝子の転写活性に対し補助的に作用する可能性を示した。(4) Padi2ノックアウトマウスを作成し、XYマウスの表現型の解析を行ったが、精巣発生における明らかな表現型を認めなかった。 以上のデータよりPAD2はSOX9およびFOXL2の制御によりセルトリ細胞特異的に発現し、タンパク翻訳後修飾を介して、SOX9の標的遺伝子発現を補助的に制御している新規の精巣分化に寄与する分子である可能性を示唆した。
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