研究課題
近年の高ストレス社会を背景に、うつ病などの精神疾患患者数が急増している。うつ病の発症には遺伝的要因のみならず環境的要因(ストレス)が大きく作用することが推測されている。すなわち、うつ病患者はストレスに脆弱な生物学的素因を有し、外的ストレスに対して適応することができずにうつ状態に陥るといった“ストレス脆弱性仮説”が支持されている。しかしながら、いつ・どこで・どのようなメカニズムによってストレス脆弱性が形成されるかについては全く不明である。最近、うつ病などの精神疾患の病態に対して、成体海馬における神経新生の役割が注目されている。慢性ストレスを負荷したマウスは海馬神経新生の低下を認め、逆に抗うつ薬投与によって神経新生が増加することが知られている。しかし、申請者らのこれまでの解析から、ストレス脆弱性の臨界期は脳発達期にあると推測するものの、海馬神経新生と行動制御・細胞機能との関連研究は専ら成獣動物を用いており、脳発達段階における海馬神経新生とストレス脆弱性との関連は不明である。本研究では、申請者らの先行研究結果から、“脳発達段階における神経新生を介した神経機能障害がストレス脆弱性の形成に深く関与している”との仮説を立てた。平成28年度は、マウス発達段階におけるスタスミンが神経新生ならびにストレス脆弱性に関与しているかを検討した。その成果として以下の結果が得られた。1.幼若期のマウス海馬歯状回に恒常的活性化型スタスミンを過剰発現させたマウスは神経新生の低下を示した。2.幼若期のマウス海馬歯状回に恒常的活性化型スタスミンを過剰発現させたマウスは、その後の(成体期)ストレス負荷に対して脆弱性を示した。
2: おおむね順調に進展している
当該年度の目的はスタスミンを介した海馬神経新生の制御がストレス脆弱性の形成に関与していることを証明することであったが、上述の通りこの点についてはウイルスベクターを用いて期待していた結果が得られた。また、スタスミンは幼若期マウスの海馬歯状回に特に高発現していること、また、免疫組織化学的解析により、ダブルコルチン陽性細胞に発現していることを確認し、スタスミンが幼若期の神経新生あるいは神経細胞の成熟に関与していることの間接証拠を得ることもできた。さらに、スタスミンは微小管活性を負に制御することから、微小管活性促進剤でありFDA承認薬でもあるpaclitaxelをストレス脆弱性マウスの脳内に直接投与し、海馬神経新生ならびにストレス脆弱性への効果を解析した結果、paclitaxel投与により海馬神経新生の亢進とストレス耐性が観察されたことを見出した。このように、研究は当初の予定通り順調に推移している。
平成29年度は、養育行動が神経新生に影響を与えることでストレス脆弱性の形成に関与していることの科学的根拠を提示する。ストレス脆弱性マウスにおける神経新生低下の原因を環境要因(養育行動)の面から探究する。具体的には、ストレス脆弱性仔マウス(BALB/c)を高養育行動で知られるB6マウスの母親に養育させる(乳仔入れ替え実験:クロスフォスター実験)。3週齢の時点で海馬歯状回における神経新生とスタスミン活性を解析する。また、成体になった後に慢性ストレスを負荷し、うつ・不安行動を評価することでストレス感受性を検討する。予想される結果として、B6マウスに養育されたストレス脆弱性マウスは、神経新生亢進とストレス耐性を示すと想定している。予想した結果が得られない場合には、クロスフォスター実験の代替えとして、幼若期あるいは思春期のマウスの拘束ストレス等の心理的・肉体的ストレスを負荷した場合の海馬神経新生ならびに成体期マウスのストレス反応性を検討する。本実験により、幼少期の環境要因が海馬神経新生に影響を与えることで成体期のストレス対処行動を制御していることの科学的エビデンスを提示することが可能となる。
すべて 2017 2016
すべて 雑誌論文 (3件) (うち国際共著 1件、 査読あり 3件、 オープンアクセス 1件、 謝辞記載あり 3件)
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