研究課題/領域番号 |
15K10012
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
泉 雅子 国立研究開発法人理化学研究所, 仁科加速器研究センター, 専任研究員 (00280719)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 重粒子線 / DNA修復 / DNA二本鎖切断 |
研究実績の概要 |
ヒト正常繊維芽細胞(NB1RGB細胞)、HeLa細胞、CHO細胞とその変異体を重粒子線で照射し、経時的に細胞を固定して、非相同末端結合、相同組換えに関わる複数のDNA修復タンパク質(リン酸化型DNA-PK、Rad51)や、非相同末端結合と相同組換えの選択に関与しているタンパク質(Rif1)の局在を、蛍光抗体法を用いて検出した。 CHO細胞とその非相同末端結合欠損株(V3細胞)にX線、炭素線(線エネルギー付与率:80 keV/μm)、アルゴン線(線エネルギー付与率:300 keV/μm)を照射し、相同組換えの指標となるRad51のフォーカス数を解析した。X線照射の1時間後には、V3細胞のRad51フォーカスの数はCHO細胞の約2倍であったが、重粒子線照射の1時間後では両者の間で差はなかった。この結果は、X線照射では、少なくとも一部のDNA二本鎖切断修復反応において非相同末端結合と相同組換えが競争的に機能していること、重粒子線では相同組換えが主に機能していることを示唆している。一方、炭素線照射の16時間後の時点では、V3細胞のRad51フォーカスの数はCHO細胞の約2倍となり、一定時間経過後には非相同末端結合も関与している可能性が示唆されたが、よりエネルギーの高いアルゴン線では、16時間経過後も両者の間で差がなく、相同組換えのみが寄与することが示唆された。 また、NB1RGB細胞とHeLa細胞において、重粒子線照射後の修復タンパク質を蛍光抗体法により検出したところ、照射直後から相同組換えに関与するRad51とともに非相同末端結合に関与するRif、DNA-PKもDNA損傷部位に共局在していること、静止期にはRif1やDNA-PKのフォーカスは観察されるがRad51のフォーカスは観察されないことを見いだした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
平成27年度は、重粒子線照射後の修復タンパク質の核内局在を蛍光抗体法により経時的に観察する予定だったが、放射線の種類や重粒子のエネルギーにより、照射後の細胞周期の進行に差異があることが予備的な実験から判明した。DNA二本鎖修復の経路が細胞周期に依存しているため、単に細胞集団に放射線を照射して経時的に経過を観察するのではなく、細胞周期の進行にも配慮した実験が必要であると判断し、実験デザインの変更を余儀なくされたため、予定よりやや遅れている。また、非相同末端結合の指標として当初使用していたリン酸化型DNA-PKに対する抗体が、細胞内の別のタンパク質を認識していたことが判明し、一部のデータが採用できなくなったことも遅れの一因である。一方、28年度以降に予定していた静止期の細胞を用いた重粒子線照射実験を前倒しして行って予備的なデータを得ている。
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今後の研究の推進方策 |
(1)重粒子線照射後の修復タンパク質の動態について以下二点の解析を行う。 1) NB1RGB細胞(対数増殖期ならびに静止期)、HeLa細胞、CHO細胞とCHO細胞を親株とする二種類の変異株(非相同末端結合欠損株、相同組換え欠損株)に重粒子線を照射し、経時的に細胞を固定して、複数のDNA修復タンパク質(DNA-PK、Rad51、Rif1、53BP1等)の局在を、蛍光抗体法を用いて明らかにする。重粒子線の線エネルギー付与率を20 keV~1000 keV/μmの範囲で変化させてDNA損傷を作成し、DNA損傷の重篤度が修復反応に与える影響を調べる。 2) 重粒子線照射後、経時的に細胞抽出液を作成し、ウエスタンブロットにより修復タンパク質のリン酸化を調べ、どの修復タンパク質が活性化されているかを明らかにし、実際に機能している修復経路を明らかにする。 (2)静止期の細胞に与える重粒子線の影響については、当初予定していたパルスフィールドゲル電気泳動によるDNA修復効率の解析は、予備実験を行ったところ重粒子線により生じるDNA断片が少量で技術的に検出困難であったことから中止し、以下の突然変異率の解析と上記(1)の蛍光抗体法による解析を中心に進めたい。 CHO細胞で多くの遺伝子座が機能的にヘミ接合体になっていることを利用して、静止期と対数増殖期の細胞の突然変異率を測定する。静止期のCHO細胞に重粒子線を照射し、その後、1日~1ヶ月の期間をおいた後に増殖サイクルに戻し、6-チオグアニン耐性を指標に、ヒポキサンチングアニン-ホスホリボシルトランスフェラーゼ遺伝子(hgprt)の突然変異率を測定する。静止期における突然変異率を対数増殖期の細胞と比較し、がん治療における二次発がんのリスクを評価する。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初、平成27年度中にDNA修復に関わるタンパク質の生化学的解析を予定しており、重粒子線照射後、経時的に細胞抽出液を作成し、ウエスタンブロットにより修復タンパク質のリン酸化を調べ、どの修復タンパク質が活性化されているかを明らかにする実験を計画していた。しかしながら、まず蛍光抗体法を用いた細胞生物学的解析を行ったところ、実験計画の変更を余儀なくされたことから、生化学的解析を実施するに至らなかった。また、蛍光抗体法に用いた抗体の特異性に問題があることが判明し、学会発表を取りやめた結果、旅費を使用しなかったため次年度使用額が生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
平成28年度中に、当初27年度に予定していた上記の生化学的解析を実施することを計画しており、次年度使用額は主として生化学的解析に使用する予定である。具体的には、細胞抽出液を作成するための試薬、ウエスタンブロットに用いる抗体、細胞培養試薬などの消耗品の購入にあてる予定である。
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