研究課題
本研究は、脳梗塞増大の一因と考えられている免疫応答反応と、虚血や外傷などの局所脳損傷時に損傷部周囲に自然発生する皮質拡延性抑制(cortical spreading depression;以下CSD)の相互作用を明らかにし、新たな脳梗塞治療法の開発を模索するものである。我々は、免疫応答反応の契機となりうる物質として、損傷脳の周辺領域に放出されるHigh mobility group box1(以下HMGB1)と呼ばれる核内DNA結合タンパク質に注目し、HMGB1核外放出とCSD伝播が互いに誘発しあうことが、脳損傷の二次性増悪の一因となると仮定し実験を計画した。平成27年度は、マウスの脳表血流量をレーザースペックル血流計(以下LSF)で可視化する実験系を作製し、CSD伝播に伴い発生する一過性の脳血流変化を検知することで、CSD発生を観察することとした。平成28年度は、正常脳組織および虚血巣辺縁領域(ペナンブラ)に種々の濃度のHMGB1抗原を塗布し、CSD発生数がどのように変化するか観察した。3時間の観察時間ではCSD発生数に変化を認めなかったため、観察時間を延長することとした。観察時間延長後もHMGB1抗原投与によるCSD発生数の増加は認められず、少なくともHMGB1抗原脳表塗布がCSDを発生させることはないと結論付けた。平成29年度は、抗HMGB1抗体を尾静脈投与し、虚血巣辺縁領域におけるCSDを観察したが、我々の仮説に反してCSDは減少しなかった。これらの結果から、少なくとも脳梗塞発症後超急性期(数時間以内)においては、核外放出されたHMGB1がCSD発生数を増加させ、梗塞巣を増悪させるというメカニズムは存在しない可能性が示唆された。今後、脳梗塞亜急性期(発症後数日程度)にターゲットを絞り、HMGB1とCSDの関連を解明すべく新たな実験系を検討する予定である。