研究課題
損傷した脊髄内では著明な炎症反応が起こり炎症性サイトカインの影響により損傷部には著明なグリア瘢痕が形成されることが報告されている。損傷部に神経幹細胞を移植する手法がこれまでに試されているが、炎症性サイトカインの影響でほとんどがアストロサイトへと分化し、僅かな治療効果しか発揮されない。そのような問題点を克服するために、我々は神経幹細胞を移植するとともに、バルプロ酸を投与することにより移植神経幹細胞のグリア細胞への分化を抑制しつつニューロン分化を促進させ、損傷した神経回路網を再建するというこれまでにないアイデアに基づいた治療法を開発した。実際に脊髄損傷モデルマウスに治療してみたところ、著明な運動機能の回復が得られることが分かった。移植細胞の分化傾向を免疫染色で観察すると、バルプロ酸投与群においてニューロン分化が著明に促進され、そのニューロンの長く伸びた突起は頭側・尾側の後索(錐体路が存在する領域)や脊髄前角細胞近傍まで伸長していることが分かった。さらに、移植細胞を免疫染色した組織切片を電子顕微鏡で観察すると、GFP 陽性の移植細胞由来ニューロンが宿主ニューロン軸索の投射を受け、かつ脊髄前角細胞に投射し、そこにシナプスを形成している様子が観察された(JCI 2010)。これらの結果は我々が予測していたコンセプトに合致するものであった。しかし、今回我々が開発したこの新規治療法を安全に臨床応用するためには、この治療の作用メカニズムをさらに明らかにするとともに、ヒトに近い動物種で治療効果を多面的に検討することが必要である。今回我々が開発したこの新規治療法を安全に臨床応用するためには、ヒトに近い霊長類で治療効果を詳細に検討することが必要である。当研究では、霊長類脊髄損傷モデルに対するiPS細胞由来神経幹細胞移植治療の効果を検討する事が目的である。
3: やや遅れている
我々はこれまでにウサギ・ラット・マウス脊髄損傷モデルを用いた研究を展開してきたため、その技術を応用し、カニクイザル専用の圧挫損傷モデル作製装置を開発した。その後、パイロット実験として脊髄損傷モデルを作製した。カニクイザル(3年齢オス)に全身麻酔をかけ、腹臥位で手術を行った。第10胸椎レベルに後方から正中縦切開し、椎弓を露出させた後、椎弓切除を行い脊髄を露出させた。その後脊椎を固定し、Impactorにて脊髄損傷を作製した。その後、軽度・中程度・重度の3つの異なる損傷エネルギーにて脊髄を圧挫損傷し、後肢機能を評価したところ、損傷エネルギーの大きさに応じて段階的な機能障害がみられた。損傷4週間後潅流固定した後に、脊髄を採取し、固定後切片を作成し、免疫染色や髄鞘特異的な染色法によりグリア瘢痕の形態や脊髄内ニューロンの生存、脱髄の程度を評価している。
今回の結果から本研究に最適な損傷エネルギーが同定できたため、一定のエネルギーで損傷を加えたとき、安定した損傷モデルが作製できることを確認後、治療を行った個体でどの程度の後肢運動機能改善がみられ、組織学的にどのような変化が起こっているかを検討予定である。また、トレーサーを用いたり電気生理学的手法を用いてさらに詳細な評価を行なう予定である。
カニクイザルを用いた実験が1単位終了し、現在組織学的検討と得られたデータ解析を行っており、予定より少ない予算で実験が遂行できたため。
今後の動物実験に必要な動物購入費用と、組織学的検討に不可欠な免疫染色用の試薬等の購入資金に充てる予定である。
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Stem Cell Reports.
巻: 5(6) ページ: 996-1009.
10.1016/j.stemcr.2015.10.012. Epub 2015 Nov 19.