研究課題
高齢者における脊椎疾患により介護が必要となることは少なくなく、ロコモティブシンドロームの重要な疾患として特に頚椎症、腰部脊柱管狭窄症は位置づけられる。一方、高齢医学では加齢性筋肉減少症(サルコペニア)や虚弱(フレイル)が高齢者の運動器障害として注目され、予防や治療の開発に研究が進められている。本研究では脊椎疾患治療における高齢医学上のこれら問題を評価基盤として、サルコペニアとしての骨格筋の生理状態や栄養・代謝状態も加味した上で脊椎疾患治療成績向上に寄与可能か調査し、高齢者特有の治療効果に影響する因子を特定するとともに、骨格筋の量的改善を補助的治療として用いて脊椎疾患治療における高齢者の日常生活動作の改善の一助とすることを目的としている。種々の脊椎疾患でサルコペニアが認められるが、その治療における影響は様々で、頚髄症や腰部脊柱管狭窄症といった手術治療を必要とする疾患においては、サルコペニアに伴う罹患時のADL低下が直接治療効果に反映されるため、周術期における運動療法の重要性が示唆される。一方、慢性腰痛症とサルコペニアの関連が初めて示唆された。サルコペニアと慢性疼痛の直接的な関連は不明だが、サルコペニアに限らず加齢に伴う体内環境の変化のひとつとして生体内における慢性炎症状態が生じる。この慢性炎症により老化が顕在化すると考えられ、加齢によるIL-1やIL-6、TNF-αなどの炎症性サイトカインの産生増大がサルコペニアやカヘキシア発生の一機序として考えられていることから、加齢に伴う骨格筋量の減少が炎症を介して疼痛を惹起している可能性がある。骨粗鬆症性椎体骨折では男性においてサルコペニア合併により保存治療成績が不良であり、疼痛やADL低下への女性の閉経後骨粗鬆症の関与とは異なる機序が考えられた。
2: おおむね順調に進展している
現在のところ65歳以上の高齢者において、頚髄症133例、腰部脊柱管狭窄症210例、3ヶ月以上持続する慢性腰痛症93例、骨粗鬆症性椎体骨折270例の骨格筋量のデータ収集が終了している。各疾患におけるサルコペニアの基準を満たすものは、頚髄症24.8%、腰部脊柱管狭窄症23.5%、慢性腰痛症34.4%、骨粗鬆症性椎体骨折69.0%であり、骨粗鬆症性椎体骨折で多いことは当然の結果であるが、慢性腰痛症で多いことが判明した。データ解析によりサルコペニアが脊椎疾患に与える影響が解析できてきている。頚髄症も腰部脊柱管狭窄症もサルコペニアの合併によりADL低下が認められたが、腰部脊柱管狭窄症のうち特に腰椎変性すべり症におけるサルコペニアとの関連が明らかであった。慢性腰痛症では非慢性腰痛症(305例)と比べて四肢骨格筋量が少なく、下肢脂肪量が増加していた。またオピオイドの治療効果がサルコペニア合併により短期では劣っていたことから慢性疼痛と骨格筋減少についての関連が示唆された。骨粗鬆症性椎体骨折では男性においてサルコペニア合併により保存治療成績が不良であり、自宅退院率が低下していた。女性にではサルコペニアとの関連はなく、骨粗鬆症治療の有無が影響していた。矢状面の立位姿勢バランスを頚髄症と腰部脊柱管狭窄症患者で評価したところ、腰部脊柱管狭窄症ではサルコペニアとの影響は受けず、頚髄症ではサルコペニアにより重心の前方化が生じていた。姿勢異常は筋量減少のみでなく中枢神経系の異常も関与していることが示唆された。今までに報告されていない加齢による筋量減少の脊椎疾患への影響が評価できてきている。
種々の脊椎変性疾患においてサルコペニアの影響が認められることが示唆された。脊椎脊髄病疾患の領域では従来あまり着目されてこなかった骨格筋の治療への関与における重要性について啓蒙できるようなデータ収集と解析に努めたい。頚髄症や腰部脊柱管狭窄症といった手術治療が主となる疾患では、術後1年における治療成績と術前後の骨格筋量の変化を前向きに調査することにより、骨格筋量の増強の有効性を裏付ける臨床データを収集する。慢性腰痛症とサルコペニアの関連についての研究は世界的にも例がなく、疼痛やADLの観点のみならず、栄養面からも多角的に論じる必要があると思われ、骨粗鬆症とサルコペニアの両疾患の共通点であるビタミンD低下を重点的に評価し、ビタミンD補充療法の有効性についての情報を得る。骨粗鬆症性椎体骨折については特に男性におけるサルコペニアの影響が顕著であったが、疾患により運動による骨格筋の増強は限定されるため栄養学的アプローチの重要性を示唆できる情報収集のため蛋白やビタミンDなどの関連につき調査する。最終的には介入による骨格筋増強の疾患治療への効果を評価することが重要であるが、まず運動や栄養による筋増強が治療効果に関与することを裏付ける医学情報を求めていく。
データ入力および解析等に人件費が必要になったため
データ解析のための人件費として使用する
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