若齢者および80歳以上の高齢者の骨格筋から分離した筋幹細胞に実験操作を加えて無限に分裂増殖することのできる不死化ヒト筋細胞を樹立した。不死化筋細胞を培養し、提供者の年齢による性質の差異を検討した。若齢者由来の筋細胞は、24-28時間周期で盛んに分裂するが、分化誘導条件で培養すると、速やかに分裂を停止して細胞融合し、筋管細胞(未熟な筋線維)に分化した。高齢者由来の筋細胞も、若齢者由来の筋細胞と同程度の細胞周期で盛んに分裂し、分化条件下では高い筋分化能を示した。 若齢者由来筋細胞が増殖するためには、副腎皮質ホルモンと成長因子(線維芽細胞成長因子2、幹細胞成長因子、インシュリン様成長因子I)の作用が必須であることが明らかになった。高齢者由来の筋細胞も、若齢者由来筋細胞と同様に、増殖には副腎皮質ホルモンと成長因子を必要とし、液性因子要求性に違いは認められなかった(*)。 従って、高齢者の骨格筋組織中にも、若齢者と同様の高い増殖分化能力を持つ、筋幹細胞が存在すると考えられる。高齢者における筋再生能力の低下は、筋幹細胞そのものの機能不全ではなく、筋幹細胞をとりまくホルモンなどの微小環境要因が原因となってもたらされるのではないかと考えられる。 ヒト筋細胞は、酸化ストレスに曝されるとG1期で分裂を停止するが、副腎皮質ホルモンを作用させると分裂を再開する。一方、マウス筋前駆細胞は、細胞増殖に副腎皮質ホルモンを必要とせず、酸化ストレスに曝されても、G1期で停止せず、細胞分裂に異常を生じて死滅することが明らかになった(*)。すなわち、マウス筋細胞のストレス応答は、ヒト筋細胞とは大きく異なっていた。酸化ストレスは、老化をもたらす重要な要因であり、骨格筋の加齢変化に関して、加齢モデル動物を用いた実験結果を、そのままヒトに外挿することの危険性が示唆された。 (*は、最終年度に実施した研究の成果)
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