研究課題/領域番号 |
15K10481
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研究機関 | 長崎大学 |
研究代表者 |
木下 晃 長崎大学, 原爆後障害医療研究所, 講師 (60372778)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | カムラチ・エンゲルマン病( / TGF-β1 / iPS細胞 / CRISPR/Cas9法 / ゲノム編集 |
研究実績の概要 |
カムラチ・エンゲルマン病(Camurati-Engelmann disease、以下CAENDと略す.OMIM: #13130)は非常に稀な常染色体優性遺伝形式の骨系統疾患である.報告者らによる疫学調査から、国内の罹患者数は50-60名程度と推定されている.CAEND患者は頭蓋骨や長管骨の過剰な膜性骨化を特徴とし、骨皮質の肥厚や長管骨骨幹部の紡錘形肥大が診断の基準になる.加えて四肢の骨痛、難聴、筋力の低下が起こるが、根本的な治療法は無くステロイド投与による対症療法が行われている.報告者らはCAENDのtransforming growth factor-β1(TGF-β1)の変異により、その活性を抑制し骨基質への結合の足場となるlatency associated peptide(LAP)ドメインが不安定化し、TGF-β1が正常型に比べて容易に活性型として遊離することを報告した(Nature Genetics, 2000およびJ.B.C, 2001).しかしCAENDの大きな特徴は、患者間で(例えば罹患兄弟間でも)疾患の重軽症度が大きく異なることである.TGF-β1変異以外の遺伝的バックグラウンドが重要だと考えられる.また患者からの骨組織の採取は困難であるため、治療法の開発に向けて、CAENDモデルマウスの作製を試みたが、キメラマウスが不妊になるなど全て失敗に終わった. その後TGF-β1の218番目のアルギニン残基がヒスチジンに変異したCAEND患者の血液からiPS細胞を樹立した.このiPS細胞から骨細胞に分化させCAENDの発症機序を明らかにし、治療法の開発を目指す.先述の通り遺伝的バックグラウンドの違いが病態に大きく影響するため、ゲノム編集法で患者由来iPS細胞から変異を除き遺伝的バックグラウンドが完全に一致したコントロール細胞の作製を行うことが第一歩である.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
報告者は『TGF-β1の変異による過剰なTGFシグナルの亢進が引き起こす骨細胞の自己増殖能の亢進と分化抑制がCAENDの発症機序である』と考えているが、実際に患者由来iPS細胞を培養すると、培養開始後しばらくは増殖速度が遅く容易に分化する傾向があった.しかし、現在は良好に増殖し、未分化の状態を保っている.現在は分化を抑制しながらフィーダーフリー化のステップを行っている. 概要欄に記した様に、iPS細胞間の遺伝的バックグラウンドが表現系、つまり解析結果に影響を与えることが予想される.この影響を無くすためにゲノム編集を行った.guide RNAと野生型Cas9を発現するベクター(pXシリーズ)とレスキューベクターを同時にトランスフェクションし、相同組換えを利用して変異を除去する予定だったが効率が非常に悪く失敗に終わった.ゲノム編集は日々進化しているが、まだ改良が必要な技術でもある.現在新しいアルゴリズムを利用したguide RNAの再設計とレスキューベクターの再構築を行っている.また高効率な遺伝子導入法の検討も必要としている. 骨分化後の解析に必要な定量RT-PCRやウエスタンブロッティングの条件設定、骨分化の評価法(アルシアンブルー染色・アリザニンレッド染色など)の準備は完了している.加えて新規のCAEND患者の変異解析を行い、CAEND罹患者で最も高頻度に同定されるR218C変異(218番目のアルギニンがシステインに変異)を同定した.現在この患者からもiPS細胞を樹立できないか、主治医・患者とその家族とコンタクトをとっている. また28年度の夏に胃潰瘍・貧血により入院し、その後も体調と相談しながら研究を続けているが、予想以上に研究の進行が滞っている.
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今後の研究の推進方策 |
CRISPR/Cas9法をはじめとするゲノム編集技術は幅広く使われ始めた技術である.報告者も別の研究課題でCRISPR/Cas9法により遺伝子改変マウスの作製を行っているが、マウス受精卵内では容易に標的遺伝子の破壊(ノックアウト)出来るし、効率は低いが変異の導入(ノックイン)も可能である。それに比べてiPS細胞の様な培養細胞ではノックインは非常に困難である.しかし、克服する方法も開発されており、より効率の高い方法を用いてレスキューを行う. CAENDでは遺伝的バックグラウンドの違いが病態に大きく影響するため、出来れば患者由来iPS細胞から変異だけをレスキューしたコントロール細胞を樹立したいが、また不成功の可能性もあるため、遺伝的バックグラウンドの差には目をつぶり、別に用意している健常人由来iPS細胞を正常コントロールとする可能性もある. 本研究用に樹立したR218H変異を持つCAEND患者由来iPS細胞は、健常人由来iPS細胞と比べて分化しやすい傾向がある.これが本当のCAENDの表現系なのか樹立時の影響に由来する性質なのかは断定できない.そこで別の変異(R218C)を持つCAEND患者からも、新たにiPS細胞を樹立する予定である.主治医を通じて患者とその家族に了解を得られれば、同意書を得た後に早急に樹立したい. 研究の遅れを取り戻すために、京都大学iPS細胞研究所との研究協力を今後更に密にし、研究の迅速な発展を目指す. CAEND患者で観察される過剰な膜性骨化は頭蓋骨や長管骨でおきているが、これらの組織は中胚葉系間葉系細胞由来である.しかしiPS細胞研究所のプロトコールでは神経提細胞への誘導を介して、骨細胞へ分化させている.本当に患者の骨の再現となるかの検討も必要である.
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次年度使用額が生じた理由 |
報告者が所属する長崎大学原爆後障害医療研究所から研究助成基金を受けた。また所属研究室からも研究費の助成をうけた。本研究計画の研究費は基金化されているために、これらの助成を優先的に使用したために次年度使用額が生じた. また平成28年の夏に胃潰瘍・貧血で入院し、その後も体調がすぐれないため研究の進行が滞っていることも理由の一つである.
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次年度使用額の使用計画 |
iPS細胞の培養に必要な培地・試薬は非常に高額であり、かつ大量に必要になる。このため最終年度は消耗品の購入がほとんどである. またiPS細胞研究所との共同研究および学会の旅費としても使用する. 高額機器の購入や謝金・人件費の支出予定は無い.
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