本年度はミトコンドリアでの糖新生の抑制などからくる血糖降下作用・インスリン抵抗性改善作用を示す薬剤メトフォルミンを用い、マウス蝸牛体外培養系を用いた実験を行った。メトフォルミンはビグアナイド系の経口糖尿病薬の一つであり、マウスの寿命を5.8%延ばすなどカロリー制限に類似した抗加齢効果があることがわかってきており、米国では高齢者を対象にした大規模偽薬対照試験が進行中である。 内耳細胞への作用に関する先行研究では、カロリー制限下のマウスでは老人性難聴の進行が抑えられることが知られているが、メトフォルミンをマウスに全身投与してもゲンタマイシン蝸牛障害は軽減されなかった。今回、我々は局所投与などメトフォルミン治療の新たな可能性を探るため、予備的にメトフォルミンの蝸牛細胞保護効果をマウスの蝸牛体外培養実験系を使って検証した。 【方法】C57Bl/6J幼若マウス(P3)の蝸牛感覚上皮を体外培養し観察を行った。予備培養の後、0-1.2mMのゲンタマイシンおよび0-12.5mMのメトフォルミンを培養液に添加し、24時間培養して有毛細胞の残存数をファロイジン染色を用いてカウントした。さらにCaspase染色やアニソマイシンによるアポトーシス経路の遮断実験も行った。 【結果】蝸牛有毛細胞は0.6mMゲンタマイシン投与により有意に障害されるが、これは培養液へのメトフォルミン添加によって軽減され、至適効果濃度は2.5mMであった。逆に濃度12.5mMのメトフォルミンは残存有毛細胞数を減少させた。以上よりメトフォルミンはin vitroの蝸牛培養系で有意な細胞保護効果を示すことが明らかになったが、ヒトにメトフォルミンを経口投与した時の血漿中濃度は10-20μM程度と蝸牛細胞保護至適濃度に比べ大幅に低いことも明らかになった。
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