世界的に進行する高齢化にともない、失明疾患である糖尿病網膜症患者は今後さらに増加すると考えられている。近年、さまざまな疾患においてポリアミンとよばれる生体内物質の関与が注目されており、糖尿病の病態におけるポリアミン、そしてその代謝を担う酵素群の役割が注目されている。本研究の目的は、ポリアミン代謝酵素群の糖尿病網膜症病態における関与とその産生機序を明らかにすることにある。 前年度までの研究では、低酸素条件下では網膜血管内皮細胞および網膜グリア細胞においてスペルミンオキシダーゼ(Smox)の発現が亢進することを示すことができている。また、低酸素条件下では網膜血管内皮細胞においてSmoxがポリアミンの一種であるスペルミンを酸化する際に生成される過酸化水素およびアクロレインと呼ばれるアルデヒドの産生量が増加することを明らかにした。今年度は、低酸素条件下で培養した網膜グリア細胞における過酸化水素およびアクロレイン生成の増加がSmoxの特異的阻害剤であるMDL72527によって抑制されることを見出した。本結果は、低酸素により惹起される酸化ストレスの亢進にSmoxが寄与しており、糖尿病網膜症の病態形成に同分子が関与している可能性を示していた。 また、ヒト増殖糖尿病網膜症患者から手術中に採取された繊維血管組織をグリア細胞のマーカーであるglial fibrillary acidic protein(GFAP)とSmoxに対する抗体で免疫染色し、実際にヒト糖尿病網膜症患者のグリア細胞においてもSmoxが局在することを明らかとした。
|