一般的には「味覚」は単に味覚神経による刺激の伝導のみならず、「歯ごたえ」「舌ざわり」などの一般体性感覚などを統合した感覚である。近年味覚異常が増加傾向にあることが知られているが、その症状は多様であり、原因も不明な場合が多い。生体に必須のミネラルである亜鉛の欠乏が味覚障害を起こすことが知られている。低亜鉛飼料で飼育した動物の味覚受容に関して行動学的検索を中心として研究が行われているが、末梢の味覚受容器である味蕾の細胞学的特性や、触覚、圧覚などに対する影響について組織学的な検索はほとんど認められない。本研究の目的は、低亜鉛飼料で飼育した味覚異常モデル動物において味覚受容器や他の口腔内感覚受容器の変化を行動学的、組織学的、細胞学的に明らかにし、味覚受容・伝達機構における亜鉛の役割を解明しようとするものである。 モデル動物として、生後3週、7週および21週のラットを用い低亜鉛飼料で4週間飼育した。これらの動物では、体重増加が正常動物と比較して有意に低下し、血清中の亜鉛濃度も著しい低下、脱毛などの皮膚異常が認められ、これらは既に報告されている重度の亜鉛欠乏に起因する病態であり、本研究での実験モデルとして最適である事を確認した。 本モデル動物を用いて味覚受容、特に苦味受容を検討すると、苦味に対する忌避が低下していた。苦味に対する、味覚伝導の中継核である結合腕傍核での神経活性をc-fosを指標として検討すると、正常動物において苦味で神経活性が上昇する部位での神経活動が上昇していないことが分かり、本モデルでは苦味に対する感受性が低下している可能性が示唆された。この味覚異常は、低亜鉛飼料での飼育を生後3週から行ったほうが、生後7週および21週から行ったよりも重篤であった。
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