研究実績の概要 |
筋サテライト細胞は骨格筋組織の形成・維持・再生において中心的な役割を担っており、通常、休止状態の単核細胞として筋線維上に存在するが、筋損傷や運動などの刺激により速やかに活性化され筋線維へと分化する。骨格筋では、胎生期に筋前駆細胞から筋芽細胞へ分化する系統と筋サテライト細胞へ分化する系統に分岐する。本研究では、胎生期マウス舌筋発生において筋前駆細胞から筋サテライト細胞への分化制御に注目して、筋サテライト細胞の分化誘導に働くPax7―Nfix―Notchシグナルを中心とした分子カスケードの制御因子群の役割を明らかにする。 初年度では、胎生9.0~11.5日のマウス胎仔のDesmin/MyoD二重免疫染色した頭頸部連続切片から、コンピュータソフトを使って立体観察を行い、胎生9.0日前後で頸部背側に位置する後頭体節から筋前駆細胞(Desmin(+)/ MyoD(-))が遊離し遊走し始め、胎生10.5日に第4鰓弓→第2鰓弓を経て下顎突起正中部に移住し集積すること、胎生11.5日前後で舌原基の筋前駆細胞集団内部に筋芽細胞(Desmin/MyoD共陽性)が出現することを確かめた。これらの筋細胞系譜は、胎生13.5日頃から細胞融合により筋管細胞に分化し始め、胎生16.5日前後で最終分化した筋線維が観察された。 遺伝子発現の解析では、胎生9.5~14.5日までの舌原基/組織でのDNAマイクロアレイ解析を実施し、骨格筋分化制御因子Myf5、MyoD、Myogeninが胎生10.5~11.5日で急上昇することが確かめられた。さらに、体肢骨格筋ではNfixの発現は胎生14.5日以降で認められ、胎生16.5日で発現ピークとなることが報告されているが、舌筋では胎生11.5日で既に発現しており、胎生14.5日で発現ピークを示すことが判明した。加えて、筋サテライト細胞で発現する遺伝子や分化制御因子として知られているPax7, Hesr3, Notch1, Dll1, Jag1が胎生14.5日の舌筋でも高度に発現上昇する遺伝子であることが確かめられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度では、胎生9.0~18.5日マウス胎仔の多重免疫染色切片の組織観察により、舌筋での筋細胞系譜の移住や筋芽細胞・筋管細胞・筋線維への分化の時期、ならびにその分布を特定することができた。また、筋サテライト細胞の前段階にあたる筋前駆細胞(Desmin(+)/ MyoD(-))と筋芽細胞(Desmin(+)/MyoD(+))を明確に識別することが可能となった。 実験開始当初の課題として、各胎生日齢における微小な組織塊を均質に採取する方法の確立にも取り組んだ。この採取条件については、マウス胎仔試料中の類似組織(下顎突起、口蓋突起など)も併せて検討を重ね、約40胎仔の舌原基組織からマイクロアレイ解析に適する高純度RNAを抽出するプロトコルを確立した。さらに、マイクロダイセクション法により凍結切片試料(8μm厚 x 15切片, 約100,000細胞相当)を顕微切断することで特定領域のRNA抽出が可能となった。胎生9.5~14.5日までの舌原基/組織でのDNAマイクロアレイによる遺伝子発現の解析からは、骨格筋分化制御の転写因子群、筋サテライト細胞の分化制御に関わる因子群の発現変動パターンを確かめることができた。とりわけ、Pax7の下流に位置し、筋芽細胞のスイッチングに働くNfixについては、筋前駆細胞・胎性筋芽細胞から筋サテライト細胞への分化やNotchと協働して未分化な状態の維持に関与しており、Pax7の発現維持とMyoDやMyogeninの発現抑制に働いているという根拠となりうる手がかりが得られた。
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今後の研究の推進方策 |
来年度以降、筋サテライト細胞を組織切片上で同定するための抗体を使った免疫染色を確立するとともに、多重免疫染色やin situ hybridizationにより筋前駆細胞や胎性筋芽細胞からの筋サテライト細胞への分化過程と細胞動態について解析する(佐藤・佐々木分担)。顕微切断(Laser microdissection)法により胎生10.5~18.5日の舌原基/組織を分離・採取し、筋サテライト細胞の分化制御因子(Pax7, MyoD, Myf5, Myogenin, Nfix, Hesr3、Notch1~4, Dll1,3,4, Jag1,2)と関連因子(CalcitoninR, Sdc3,4, Mstn, M-cad, V-cam, Cxcr4, Caveolin1, Itga7, Cebpb)とDNAマイクロアレイ解析で新たに候補に挙がった遺伝子についてリアルタイムPCRにより定量解析を行う(添野分担)。筋サテライト細胞の分化誘導因子として注目された遺伝子の機能検証を目的として、舌原基/組織の器官培養系で、モルフォリノAS-ODN・阻害剤・中和抗体の投与、標的分子を浸漬したビーズ添付によるノックダウンの実験を開始する(NfixのモルフォリノAS-ODNは合成・入手済)(田谷分担)。その際、Notchの細胞内ドメイン分子の投与による影響も検討する。なお、モルフォリノAS-ODNが十分な効果を発揮しない場合には、リポソームや遺伝子導入装置を使って導入効率の向上をはかる。筋サテライト細胞の分化誘導に関わるmiRNAを網羅的に解析する目的で、胎生12.5, 14.5, 16.5, 18.5日で単離した筋サテライト細胞についてmiRNAマイクロアレイ解析を行い、miRNA発現プロファイルを作成する(田谷・添野分担)。
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