本研究では、「口腔機能障害の影響がヒト脳の認知機能に直接影響を及ぼす」との仮説のもと、歯の喪失による口腔機能の低下が脳機能と認知機能に及ぼす変化について検討した。対象は、歯をすべて喪失した無歯顎高齢者とし,全部床義歯の適合低下などにより口腔機能が低下した状態と全部床義歯を新たに装着して口腔機能の回復を行った状態での口腔機能評価とfMRIを用いた脳活動の変化、記憶・学習・認知機能に関わる領域の脳機能評価および脳形態評価を行い比較検討した。口腔機能の評価は、咬筋筋活動量、咬合力、咀嚼機能評価を行った。脳活動評価はf-MRI (functional magnetic resonance imaging)を用い脳血流量の変化から脳活動を評価した。認知機能の評価は、前頭葉機能を評価するTrail Making Test Part A、海馬の短期記憶を評価するRey聴覚性言語学習検査、Rey複雑図形検査とし、臨床心理士がSTAI状態・特性不安検査を行い、状態不安が低いことを確認した上で評価した。評価時期は口腔機能が低下している不適合義歯装着時と適合義歯装着時とした。 不適合義歯を装着し口腔機能が低下している無歯顎高齢者に対して,適切な義歯を装着し口腔機能の改善することで,咬筋筋活動量の上昇し,それと相関して上前頭回,一次運動野,被殻,下頭頂小葉,小脳,下前頭回,中前頭回での脳血流量が上昇することが明らかとなった.また,義歯治療前後を比較し,注意力ならびに短期記憶に関する認知機能が改善された.このことから,義歯治療による咬筋筋活動量の改善は認知機能に影響を及ぼす可能性があり,口腔機能の改善が認知機能の維持や改善への新たなアプローチとなる可能性が示唆された.
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