研究実績の概要 |
血管形成は、血管内皮細胞の増殖、分化、形態変化を経て機能的な血管となる。しかし、増殖、分化のメカニズムに比べて、血管内皮細胞の初期の形態変化(伸長・紐状構造の形成)の調節機構についての知見は少ない。マウスES細胞は、OP9フィーダー細胞と共培養することで血管前駆細胞、さらに血管内皮細胞に分化誘導することが可能である。分化誘導された血管内皮細胞は血管内皮細胞増殖因子(VEGF)の刺激により、OP9細胞上で血管様の細胞伸張を示し、また1型コラーゲンを用いた三次元培養においても血管様のチューブ構造を形成する。申請者は、このES細胞分化誘導系を用いた実験系において、細胞骨格の調節に関与する因子PPP1R14と、平滑筋細胞マーカーとして知られるSM22αが、それぞれ血管内皮細胞の伸長に関与することを見いだした。本研究では、これらの血管内皮細胞での役割・機能の詳細を解析することで、血管伸長のメカニズムの解明を試みる。 また近年、再生医療による組織の回復が期待されているが、組織の再生には、その内部に酸素や栄養を供給する血管網の形成が必要不可欠である。そこで血管誘導のために、VEGF等の増殖因子を用いる方法が検討されているが、増殖因子の作用は広範囲であり、増殖・分化から形態調節まで多岐にわたるため、未成熟な血管の過形成が問題となっている (Chung et al., Cells, vol. 1, p1246-1260, 2012)。本研究によって、血管伸張を特異的に制御するメカニズムを解明することで、成熟した機能的血管の誘導による組織再生方法の開発に貢献できる。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
私は以前、mTORC1/mTORC2阻害剤:KU0063794が血管内皮細胞の伸張機能を抑制することを報告している(Tsuji-Tamura K. et al., JCS, vol. 29, p1165-1178, 2016)。しかし、その作用の詳細は不明であった。そこで本研究において、血管内皮細胞株UV2又はbEnd3を用いて、mTORC1阻害剤: everolimusとmTORC1/mTORC2阻害剤:KU0063794の作用を比較検討した。 bEnd3は細長い伸張形態の細胞であり、繊維状の規則的なアクチン配列と、長軸方向に整列した微少管構造を持つ。mTORC1/mTORC2阻害剤の投与によって、bEnd3の伸張形態は阻害され、アクチンの部分的な集積や、微少管のランダムな分布が引き起こされた。一方、mTORC1阻害剤の投与は細胞形態、細胞骨格にまったく影響を示さないことが明らかになった。mTORC1阻害剤とmTORC1/mTORC2阻害剤はいずれも細胞増殖を抑制し、抑制効果における阻害剤間の差は見られなかった。よって、mTORC1/mTORC2阻害剤の効果は細胞活性の影響ではなく、細胞形態、細胞骨格に特異的な作用であると考えられる。タイプ1コラーゲンゲルによるUV2の三次元培養においても、mTORC1/mTORC2阻害剤によるTube-like formationの抑制作用が見られた。一方、mTORC1阻害剤による変化は見られず、bEnd3の結果に一致した結果が示された。また、2つの阻害剤のサブタイプ特異性から、mTORC2の活性が細胞伸張の調節に重要であることが示唆された。微少管の重合阻害剤(nocodazole, colchicine)又は安定化剤(paclitaxel)は、mTORC1/mTORC2阻害剤と非常に類似した細胞伸張の抑制とアクチン細胞骨格の異常を引き起こす。以上の知見から、mTORC2が微少管の制御を介して血管内皮細胞の細胞伸張を調節する可能性が示唆された。これらの結果は、研究論文として報告した(Tsuji-Tamura K. et al., BBRC, vol. 497, p326-331, 2018)。
|