研究課題
健常者の口腔内から約10~20%の割合で分離されるコラーゲン結合タンパク陽性のStreptococcus mutansは、口腔内に高い頻度で分離されるコラーゲン結合タンパク陰性のS. mutansと比較して、血管内皮細胞への高い付着侵入能を保有することが分かっている。本研究において、その侵入メカニズムについて検討したところ、コラーゲン結合タンパク陽性のS. mutansは、血液中のIV型コラーゲンと凝集塊を形成した状態で血管内皮細胞に付着することが明らかになった。また、コラーゲン結合タンパク陽性のS. mutansを感染させた血管内皮細胞からRNAを抽出しマイクロアレイにより分析を行ったところ、細胞表面の構造変化に関与する低分子量Gタンパクの調節に関連する遺伝子の発現上昇が認められた。このことから、コラーゲン結合タンパク陽性のS. mutansはIV型コラーゲンに結合することにより、IV型コラーゲンのレセプターであり低分子量Gタンパク発現調節分子の誘導にも関与することが分かっている内皮細胞表面のβ1インテグリンを介して、血管内皮細胞内への侵入を成立させている可能性が示唆された。重度のう蝕に対して感染根管治療を行うことにより、根管内の細菌が血液中に侵入し菌血症を生じることが分かっている。そこで、コラーゲン結合タンパクに着目し、S. mutansの歯髄細胞における病原性について検討を行った。その結果、コラーゲン結合タンパク陽性のS. mutansは、コラーゲン結合タンパク陰性のS. mutansと比較して高い歯髄細胞への付着能を示すとともに、歯髄細胞の過剰な増殖にも関与していることが明らかになった。このことから、コラーゲン結合タンパク陽性のS. mutansは、歯髄炎の悪化に関与するとともに、感染根管治療の際に血液中に侵入するリスクの高い菌である可能性が示唆された。
2: おおむね順調に進展している
本研究では、感染性心内膜炎において高い病原性を示すコラーゲン結合タンパク陽性S. mutansは、何らかの血液成分を利用して細菌塊を形成し血管内皮細胞に侵入しているという仮説を立てた。現在までに、コラーゲン結合タンパク陽性S. mutansは、血液中に含まれるIV型コラーゲンと反応し凝集塊を形成することを明らかにした。また、マイクロアレイによる分析を行うことにより、コラーゲン結合タンパク陽性S. mutansが感染した際には、血管内皮細胞表面の構造変化に関わる遺伝子の発現が上昇していることを明らかにした。感染性心内膜炎を発症するための第一のステップは病原細菌が血液中に侵入し菌血症を生じることである。一方、歯髄は全身の血管とつながっていることから、重度のう蝕治療のために歯髄処置を行うことは感染性心内膜炎のリスクファクターであるとされている。本研究において、S. mutansの歯髄細胞への影響を検討したところ、コラーゲン結合タンパク陽性S. mutansは歯髄細胞への高い付着侵入能を示したことから、重度のう蝕によりコラーゲン結合タンパク陽性S. mutansが歯髄細胞へ感染すると菌血症のリスクが高まる可能性が示唆された。このように、これまでの研究期間内で、コラーゲン結合タンパク陽性S. mutansが血管内皮細胞に侵入するためのメカニズムの一端を明らかするとともに、コラーゲン結合タンパク陽性S. mutansの保菌者が重度のう蝕に罹患することで感染性心内膜炎のリスクが高まる可能性があることを示すことができたことから、研究はおおむね順調に進展していると考えている。
歯髄細胞に感染したコラーゲン結合タンパク陽性S. mutansが感染性心内膜炎を発症する可能性について検討する予定である。具体的には、当教室で確立されているラットう蝕モデルにコラーゲン結合タンパク陽性S. mutansを感染させた後、ラットの大動脈弁を機械的に損傷させ、口腔内のコラーゲン結合タンパク陽性S. mutansが心臓へと移行するかについて明らかにしたいと考えている。これまでの検討で、う蝕がなく心臓弁のみを損傷させたラットでは、コラーゲン結合タンパク陽性S. mutansを経口的に感染させても感染性心内膜炎を生じなかったことから、う蝕誘発ラットにおいて感染性心内膜炎を生じるようであれば、重度のう蝕が感染性心内膜炎の発症に関与することを明確に示すことができると考えている。従来の感染性心内膜炎モデルとしては、ラットやウサギの頸静脈からカテーテルを挿入し、人工的に弁損傷を惹起する動物モデルが広く用いられている。この方法は、熟練した技術を必要とし大規模な分析が困難であるという問題点が指摘されている。本研究では、心疾患患者の心臓弁置換術の際にも用いられているブタやウシの心臓弁を用いて、簡便な感染性心内膜炎モデルの確立を目指したいと考えている。現在までの研究から、コラーゲン結合タンパク陽性S. mutansを感染させた血管内皮細胞を用いたマイクロアレイにより、菌の侵入メカニズムに関与する可能性のある遺伝子を明らかにすることができた。今後はその遺伝子を中心とした侵入メカニズムをより詳細に分析したいと考えている。一方で、マイクロアレイにおいてコラーゲン結合タンパク陽性S. mutansを感染させた際に発現の上昇が認められたものの、細胞への侵入とは直接関係が認められなかった遺伝子が複数認められた。今後、これらの遺伝子の果たす役割についても検討したいと考えている。
S. mutans菌株の血管内皮細胞への侵入メカニズムの解明のためのマイクロアレイを用いた分析については、当初予定していた以上に進行している。一方で、計画していた動物実験に代わる新規ex vivo評価系の確立に関しては、計画よりも進んでいない。これらのことが、次年度使用額が生じる原因となっている。
S. mutans菌株の血管内皮細胞への侵入メカニズムの解明に関する研究は、本年度使用額でかなり進んできている。次年度の使用額は、動物実験に代わる新規ex vivo評価系の確立などの研究に充て、全て執行する予定である。
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すべて 雑誌論文 (3件) (うち国際共著 2件、 査読あり 3件、 オープンアクセス 1件、 謝辞記載あり 3件) 学会発表 (8件) (うち国際学会 5件、 招待講演 1件)
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